ある人物達を探して、ハンジは古城の廊下を進む。調査兵団に配属されたばかりの新兵の少年と、その直属の上司になる悪友。彼らへの用事を果たすついでに様子を見てこようと立ち寄ったのだが、誰一人姿が見えない。屋内に人気が無いことから、班全員で屋外訓練でもしているのかと中庭へと進路を変えれば、予想通り騒がしい声が聞こえ始めた。
薄暗い建物内とは違い、陽光溢れるその場所に一瞬目が眩む。建物に囲われるようにある庭部分に、求める人物達はいた。急激に強くなった光に目を細めながら近付いていくと、訓練の輪から少し離れて立っていたリヴァイが視線を向けた。
「訓練中? エレンは今、―――忙しそうだね?」
「あぁ、もう15分は投げ飛ばされる予定だ」
そう言葉を交わす二人の向こうでは、今まさにエレンが宙を舞っていた。訓練兵時代は格闘術の成績が良かったエレンでも、百戦錬磨の先輩たち相手ではまだまだということか。組手の相手であるグンタの足払いを今度は避けれたようだが、分がいいとは言えない。
ハンジ自身はあまりこういった取っ組み合いは得意ではない。そのハンジの目から見ても、残り15分の間にもう何回かは投げ飛ばされるだろうことは予想できた。
「でも珍しいね。立体起動訓練じゃなく対人格闘の訓練なんて」
「あいつは巨人化して戦うからな……付け焼き刃の立体起動を仕込むよりマシだ」
「あぁ、なるほど」
主に人を相手にする他の2兵団と違い、調査兵団が相手にするのは巨人だ。巨人相手では対人格闘術など意味がなく、それ故に調査兵団での訓練は立体起動に重きが置かれる。
だが、エレンは巨人化することができる。そのときに必要とされるのは立体起動の技術よりこちらだ。まして立体起動は、本人のセンス以上に技術面を伸ばすには経験を積む以外にない。一ヵ月後の壁外調査までに飛躍的に向上させることは無理だ。ならば元々素養のあったこちらを、という判断なのだろう。
一人納得して頷いていると、視線をエレンから外さないままリヴァイが問いかけた。
「で、何の用だ。またあいつで実験か」
「ちょっと! その言い方は誤解を招くんじゃないかな!? ちゃんとエレンの了承を取って、あまり痛くないことしかしてないよ!?」
「多少は痛いんじゃねぇか」
「それは仕方ないことでもあって!」
「分かってる、うるせぇな」
良くも悪くも"人類の希望"になったエレンに、そうそう無茶な検査や実験をする許可が出る訳がない。リヴァイもそれを知らない筈がないのだから、これは口の悪い彼なりの軽口なのだろう。それなりに付き合いの長いハンジにしてみれば、この程度なんということもないが、その言われようは心外だと唇を尖らす。
そんなハンジを気にすることなく、リヴァイはエレン達の訓練風景を見つめたまま黙り込んだ。何かを考え込んでいる空気を敏感に察知し、ハンジも無言のまま視線を同じ方向へと向ける。そこには、周囲の先輩にからかわれながらも必死にグンタに組み付くエレンの姿がある。
「……お前にとって、あいつはモルモットか」
「失礼なこと言わないでよ!? ちゃんと可愛い後輩扱いしてるよ!?」
どこかシリアスな空気を漂わせつつ訳の分からないことを呟く悪友に、思わず突っ込む。これはさすがに酷い言いぐさじゃないだろうか。エレンにとっても、ハンジにとってもだ。
その反応すら気にも留めず、相変わらずリヴァイは何処かぼんやりしている。その姿に、こっそり小さな溜息を零した。
ここ最近抱えていた違和感は、やはりハンジの気の所為ではなかったらしい。エレンを実験に駆り出すにはリヴァイの許可が必要であり、その許可をもらうにはハンジ自身が出向く方が早い。それが前提ではあるが、多忙なハンジが時間を作ってこの城を訪れたのは、悪友の様子がおかしいと感じていたからだ。
とはいえ、どうしたものか。傍目にはリヴァイの変化は気付かれていないようだが、この状態で壁外遠征が始まったらどうなることか。早急に対処しないと、と思考を巡らせるハンジを余所に、リヴァイの視線はエレンに向けられたままだ。
「……リヴァイにとって、エレンはなに?」
ぽつりと口から零れた言葉。それはほぼ無意識だったが、意外といいところを突いていたらしい。一瞬、リヴァイの纏う空気が揺らいだ。部下とかクソガキとか返ってくるかと思われた問いに、リヴァイは僅かに迷って黙り込み、そして答えた。
「……分からん」
それは、曖昧な回答を嫌うリヴァイには珍しい返答だった。しかし、だからこそ全ての回答になっていた。
リヴァイがエレンの立ち位置を決めかねている。それはつまり、リヴァイにとってエレンはただの新兵でも部下でもないということだ。それ以上の意味づけをもつ人間になっているのだ。
とはいえ、どうしたものかとハンジは首をひねる。下手に手を出して馬に蹴られるのは趣味ではないが、このまま放っておいてもいいものか。この二人では、もしかしたら一生このままの可能性だってある。
この手の話は向いていないんだけどなぁと空を仰ぐハンジの視線の先で、一際高くエレンが投げ飛ばされていた。
薄暗い建物内とは違い、陽光溢れるその場所に一瞬目が眩む。建物に囲われるようにある庭部分に、求める人物達はいた。急激に強くなった光に目を細めながら近付いていくと、訓練の輪から少し離れて立っていたリヴァイが視線を向けた。
「訓練中? エレンは今、―――忙しそうだね?」
「あぁ、もう15分は投げ飛ばされる予定だ」
そう言葉を交わす二人の向こうでは、今まさにエレンが宙を舞っていた。訓練兵時代は格闘術の成績が良かったエレンでも、百戦錬磨の先輩たち相手ではまだまだということか。組手の相手であるグンタの足払いを今度は避けれたようだが、分がいいとは言えない。
ハンジ自身はあまりこういった取っ組み合いは得意ではない。そのハンジの目から見ても、残り15分の間にもう何回かは投げ飛ばされるだろうことは予想できた。
「でも珍しいね。立体起動訓練じゃなく対人格闘の訓練なんて」
「あいつは巨人化して戦うからな……付け焼き刃の立体起動を仕込むよりマシだ」
「あぁ、なるほど」
主に人を相手にする他の2兵団と違い、調査兵団が相手にするのは巨人だ。巨人相手では対人格闘術など意味がなく、それ故に調査兵団での訓練は立体起動に重きが置かれる。
だが、エレンは巨人化することができる。そのときに必要とされるのは立体起動の技術よりこちらだ。まして立体起動は、本人のセンス以上に技術面を伸ばすには経験を積む以外にない。一ヵ月後の壁外調査までに飛躍的に向上させることは無理だ。ならば元々素養のあったこちらを、という判断なのだろう。
一人納得して頷いていると、視線をエレンから外さないままリヴァイが問いかけた。
「で、何の用だ。またあいつで実験か」
「ちょっと! その言い方は誤解を招くんじゃないかな!? ちゃんとエレンの了承を取って、あまり痛くないことしかしてないよ!?」
「多少は痛いんじゃねぇか」
「それは仕方ないことでもあって!」
「分かってる、うるせぇな」
良くも悪くも"人類の希望"になったエレンに、そうそう無茶な検査や実験をする許可が出る訳がない。リヴァイもそれを知らない筈がないのだから、これは口の悪い彼なりの軽口なのだろう。それなりに付き合いの長いハンジにしてみれば、この程度なんということもないが、その言われようは心外だと唇を尖らす。
そんなハンジを気にすることなく、リヴァイはエレン達の訓練風景を見つめたまま黙り込んだ。何かを考え込んでいる空気を敏感に察知し、ハンジも無言のまま視線を同じ方向へと向ける。そこには、周囲の先輩にからかわれながらも必死にグンタに組み付くエレンの姿がある。
「……お前にとって、あいつはモルモットか」
「失礼なこと言わないでよ!? ちゃんと可愛い後輩扱いしてるよ!?」
どこかシリアスな空気を漂わせつつ訳の分からないことを呟く悪友に、思わず突っ込む。これはさすがに酷い言いぐさじゃないだろうか。エレンにとっても、ハンジにとってもだ。
その反応すら気にも留めず、相変わらずリヴァイは何処かぼんやりしている。その姿に、こっそり小さな溜息を零した。
ここ最近抱えていた違和感は、やはりハンジの気の所為ではなかったらしい。エレンを実験に駆り出すにはリヴァイの許可が必要であり、その許可をもらうにはハンジ自身が出向く方が早い。それが前提ではあるが、多忙なハンジが時間を作ってこの城を訪れたのは、悪友の様子がおかしいと感じていたからだ。
とはいえ、どうしたものか。傍目にはリヴァイの変化は気付かれていないようだが、この状態で壁外遠征が始まったらどうなることか。早急に対処しないと、と思考を巡らせるハンジを余所に、リヴァイの視線はエレンに向けられたままだ。
「……リヴァイにとって、エレンはなに?」
ぽつりと口から零れた言葉。それはほぼ無意識だったが、意外といいところを突いていたらしい。一瞬、リヴァイの纏う空気が揺らいだ。部下とかクソガキとか返ってくるかと思われた問いに、リヴァイは僅かに迷って黙り込み、そして答えた。
「……分からん」
それは、曖昧な回答を嫌うリヴァイには珍しい返答だった。しかし、だからこそ全ての回答になっていた。
リヴァイがエレンの立ち位置を決めかねている。それはつまり、リヴァイにとってエレンはただの新兵でも部下でもないということだ。それ以上の意味づけをもつ人間になっているのだ。
とはいえ、どうしたものかとハンジは首をひねる。下手に手を出して馬に蹴られるのは趣味ではないが、このまま放っておいてもいいものか。この二人では、もしかしたら一生このままの可能性だってある。
この手の話は向いていないんだけどなぁと空を仰ぐハンジの視線の先で、一際高くエレンが投げ飛ばされていた。
君もしらない深海で
(芽吹いているものもあるのかもしれないよ)
鈍感兵長と宙を舞う新兵の話。ハンジさんが好きです。
title by たとえば僕が