探していた姿が目に入るより先、聴覚が拾った聞き慣れた声にリヴァイは足を止めた。そう離れてはいないようだが、リヴァイが探し人であるエレンに命じたのは「その場で待機」だ。報告や書類の確認で、扉の外に一人待たせたのは約30分。その程度も大人しく待っていられないのかと舌打ちしかけて―――止める。
調査兵団に入団したばかりの頃の彼ならともかく、監視対象としてリヴァイの傍でそこそこの時間を過ごしてきた今、無闇にリヴァイの命に背くような真似はしない。エレンを良く思わない人間も多数いるということは、誰よりも本人が分かっている筈だ。自身の身を守るためにも、監視役のリヴァイに不要な問題事を抱えさせないためにも、エレンはリヴァイの指示に従うようにしていた筈だった。
(……つまり、面倒事の方から寄って来たってことか)
声を辿り見つけた少年は、予想通りというべきか、奥まった通路で数人の兵士に囲まれていた。背負う紋章が、彼らの所属が駐屯兵団であることを示している。漏れ聞こえてくる言葉は、お決まりの彼への嘲りだ。それを向けられている少年は、無表情でその言葉を受け止めている。
人でありながら巨人化能力を有するエレンは、人類最強などと言われるリヴァイなどより、ずっと異端だった。その能力のために自分達の命が長らえていることなど、彼らには関係ないらしい。異物は排除されるべきだ、今は有用だから見逃されているだけだ、そう声高に主張してみせる。
その一方で、声音の裏側に隠されているのはエレンに対する怯えだ。それを感じ取って、今度こそリヴァイは舌打ちを零す。こんな奴らのために、いつもうるさいほどに感情を溢れさせているエレンの瞳が澱まされるのは我慢がならなかった。
「……そこで何をしている」
地を這うような低音で告げれば、その場にいた全員の肩が大きく揺れた。恐る恐る、といった体で彼らが振り返った先に見たのは、不機嫌さを隠しもしない鬼の兵士長の姿だ。一気に青ざめるその一団を無視してエレンへ視線を向けると、その顔も同様に血の気を引かせている。リヴァイの命を破ったことを今更ながらに思い出したのだろう。
先程までの無表情よりは幾分かマシな表情だと思いつつ、その表情に応えてリヴァイも人の悪い笑みを浮かべる。
「俺は、お前に"その場で待機"と命じた筈だが」
「う……その、通りです」
「たった30分の"待て"も出来ねぇのか、お前は」
「申し訳ありません……」
「まぁいい、戻るぞ」
ころころと表情を変える、いつものエレンに戻ったことを確認してリヴァイは踵を返した。他の男達が安堵の溜息を洩らすのを背後に感じるが、振り返りはしない。ここで彼らを断罪したところで何も変わりはしない。それよりも、エレンを連れてこの不愉快な場から立ち去ることの方が重要だった。
慌てたように追ってくるその足音を聞きながら、馬屋へと続く廊下を進む。ようやく追いついたエレンの呼びかけに振り返ると、そこには情けなく眉尻を垂らした表情があった。
「あの……すみませんでした、迷惑かけて」
「いい、と言っただろう」
くしゃりとその髪をかき混ぜてやると、リヴァイが本当に怒っていないことをようやく察してエレンが笑った。その笑みに引き寄せられるように唇を重ねれば、今度は真っ赤になってリヴァイを笑ませてみせる。
口付けたのは、これが初めてではない。だが、エレンもリヴァイもこの関係に名を付けようとしたことはなかった。ただ、ふとしたときに触れ合う、ただそれだけだった。エレンがリヴァイを拒絶したことはなく、何かを求めたことはなかった。きっとそうでなくてはいけないと、エレンも何処かで分かっていたのだろう。
だが、人生経験で上回るリヴァイは、そのままでいられないことも分かっていた。そして、出来るだけその日が遠ければいいと思う自分がいることも、それでも結論を変える気が無いことも、気付いていたのだ。
「……兵長」
「なんだ」
真っ直ぐにリヴァイを見つめる金の瞳。その瞳を手放すのが残念に思えるほどには、リヴァイはエレンのことを気に入っていた。いっそその唇を塞いで、告げようとしている言葉を全て飲み込ませて。そうすれば。
そんな愚にもつかないことを考えながら、ただリヴァイはエレンの言葉を待つ。
「俺、巨人を駆逐して、全部終わったら、壁外に行きます」
「あぁ」
「今まで誰も見たことのない景色を、世界を見たいんです」
「そうか」
「このまま、壁の中に残ることは、……無理だと思いますから」
「……あぁ」
「だから、そうしたら、兵長も」
「エレン」
一緒に、と続けようとしたのだろうその言葉は、リヴァイの声に遮られて霧散する。告げさせなかったリヴァイの意図を察して、エレンの顔がくしゃりと歪んだ。耐えるように握り締めたその拳が震えているのが痛々しくて堪らない。
それでも、そうさせるのを選んだのは自分だ。それを無責任に放り出す気はない。
「エレン」
「……はい」
「お前は、自由になる。全てからだ」
俺からもだ。
音にしなかったその言葉を正確に理解したであろうエレンは、歪んだ表情のまま笑って見せた。そうですね。全然受け入れられていない表情のまま納得してみせる。
それに同じようにリヴァイも笑みを返す。目の前の少年よりは、まともに笑えているだろう表情で。
調査兵団に入団したばかりの頃の彼ならともかく、監視対象としてリヴァイの傍でそこそこの時間を過ごしてきた今、無闇にリヴァイの命に背くような真似はしない。エレンを良く思わない人間も多数いるということは、誰よりも本人が分かっている筈だ。自身の身を守るためにも、監視役のリヴァイに不要な問題事を抱えさせないためにも、エレンはリヴァイの指示に従うようにしていた筈だった。
(……つまり、面倒事の方から寄って来たってことか)
声を辿り見つけた少年は、予想通りというべきか、奥まった通路で数人の兵士に囲まれていた。背負う紋章が、彼らの所属が駐屯兵団であることを示している。漏れ聞こえてくる言葉は、お決まりの彼への嘲りだ。それを向けられている少年は、無表情でその言葉を受け止めている。
人でありながら巨人化能力を有するエレンは、人類最強などと言われるリヴァイなどより、ずっと異端だった。その能力のために自分達の命が長らえていることなど、彼らには関係ないらしい。異物は排除されるべきだ、今は有用だから見逃されているだけだ、そう声高に主張してみせる。
その一方で、声音の裏側に隠されているのはエレンに対する怯えだ。それを感じ取って、今度こそリヴァイは舌打ちを零す。こんな奴らのために、いつもうるさいほどに感情を溢れさせているエレンの瞳が澱まされるのは我慢がならなかった。
「……そこで何をしている」
地を這うような低音で告げれば、その場にいた全員の肩が大きく揺れた。恐る恐る、といった体で彼らが振り返った先に見たのは、不機嫌さを隠しもしない鬼の兵士長の姿だ。一気に青ざめるその一団を無視してエレンへ視線を向けると、その顔も同様に血の気を引かせている。リヴァイの命を破ったことを今更ながらに思い出したのだろう。
先程までの無表情よりは幾分かマシな表情だと思いつつ、その表情に応えてリヴァイも人の悪い笑みを浮かべる。
「俺は、お前に"その場で待機"と命じた筈だが」
「う……その、通りです」
「たった30分の"待て"も出来ねぇのか、お前は」
「申し訳ありません……」
「まぁいい、戻るぞ」
ころころと表情を変える、いつものエレンに戻ったことを確認してリヴァイは踵を返した。他の男達が安堵の溜息を洩らすのを背後に感じるが、振り返りはしない。ここで彼らを断罪したところで何も変わりはしない。それよりも、エレンを連れてこの不愉快な場から立ち去ることの方が重要だった。
慌てたように追ってくるその足音を聞きながら、馬屋へと続く廊下を進む。ようやく追いついたエレンの呼びかけに振り返ると、そこには情けなく眉尻を垂らした表情があった。
「あの……すみませんでした、迷惑かけて」
「いい、と言っただろう」
くしゃりとその髪をかき混ぜてやると、リヴァイが本当に怒っていないことをようやく察してエレンが笑った。その笑みに引き寄せられるように唇を重ねれば、今度は真っ赤になってリヴァイを笑ませてみせる。
口付けたのは、これが初めてではない。だが、エレンもリヴァイもこの関係に名を付けようとしたことはなかった。ただ、ふとしたときに触れ合う、ただそれだけだった。エレンがリヴァイを拒絶したことはなく、何かを求めたことはなかった。きっとそうでなくてはいけないと、エレンも何処かで分かっていたのだろう。
だが、人生経験で上回るリヴァイは、そのままでいられないことも分かっていた。そして、出来るだけその日が遠ければいいと思う自分がいることも、それでも結論を変える気が無いことも、気付いていたのだ。
「……兵長」
「なんだ」
真っ直ぐにリヴァイを見つめる金の瞳。その瞳を手放すのが残念に思えるほどには、リヴァイはエレンのことを気に入っていた。いっそその唇を塞いで、告げようとしている言葉を全て飲み込ませて。そうすれば。
そんな愚にもつかないことを考えながら、ただリヴァイはエレンの言葉を待つ。
「俺、巨人を駆逐して、全部終わったら、壁外に行きます」
「あぁ」
「今まで誰も見たことのない景色を、世界を見たいんです」
「そうか」
「このまま、壁の中に残ることは、……無理だと思いますから」
「……あぁ」
「だから、そうしたら、兵長も」
「エレン」
一緒に、と続けようとしたのだろうその言葉は、リヴァイの声に遮られて霧散する。告げさせなかったリヴァイの意図を察して、エレンの顔がくしゃりと歪んだ。耐えるように握り締めたその拳が震えているのが痛々しくて堪らない。
それでも、そうさせるのを選んだのは自分だ。それを無責任に放り出す気はない。
「エレン」
「……はい」
「お前は、自由になる。全てからだ」
俺からもだ。
音にしなかったその言葉を正確に理解したであろうエレンは、歪んだ表情のまま笑って見せた。そうですね。全然受け入れられていない表情のまま納得してみせる。
それに同じようにリヴァイも笑みを返す。目の前の少年よりは、まともに笑えているだろう表情で。
僕らはいつも正しく嘘をつく
(その偽りがお前を幸福にすると信じて)
いちゃいちゃを書こうとしていた筈なのにどうしてこうなった。
title by たとえば僕が