初めて触れた手が、驚くほど温かかったことを、憶えている。

 今まで、人の温もりなどとは縁遠く生きてきた。実家である織田の城では、側仕えの者を含めた皆が、自分たち兄妹を遠巻きに見ていた。触れることを、恐れていた。唯一、市の存在をあるものとしていた兄も、兄妹の触れ合いなんてものを大切にするような人物ではなかった。だから、その手や身体が宿していた熱など知らないままだ。もっとも、その手に触れたところで、それは人ならざる魔王の手だ。きっと、氷のように冷たいものだったに違いない。
 そんな生活に、自分に慣れていた。当たり前だと思っていた。呪わしい血を持つ自分には、それがあるべき姿なのだから。

 それを一変させたのが、夫だった。初めて与えられた他者の体温は、酷く温かいものだった。冷え切った自分の手が、溶けてしまうのではないかと思うほどに。
 そして彼の治める地も、城も、全てが温かった。会う人、見るもの、その全てが夫自身を体現しているかのようだった。いっそ怖くなるほどに、優しく市に触れてきた。

 あぁ、あぁ、どうしたらいいのだろう。こんな幸せを与えられてしまって、どうすればいいのだろう。この温かさに慣れてしまったら、どうやって生きていけばいいのか。
 いつか、近い将来、これらは全て取り上げられてしまうものなのに。兄か時勢か、それとも夫自身の手でか。分からないが、失うことだけは分かっている。それを回避することは出来ない。分かっている。
 だから、いらない。知ってしまったら、戻れなくなる。今までのように生きていけなくなる。そんな恐怖に立ち向かえる強さなど、この身にないことは、痛いほど知っているのだ。



(その温かさを失うときが、怖くて仕方ないのです)


2. 触らないで