臆病者の哀歌
まあ、綺麗な女だと思う。容姿だけでなく、恐らく中身も。たった5分程度しか言葉を交わしてはいないけれど、そう思わせる雰囲気の女だ。こんな市井にいるのが不思議なくらいだ。
その綺麗な女は、今その顔を涙に濡らして俺の前に立っていた。薄く塗られた白粉の上を、瞳から顎へと涙が軌跡を作って落ちていく。常ならば煩わしいとしか感じることはない女の涙でさえ、そんな美しいもののように感じてしまう。
何か声を掛けようとすると、静かに首を振って制された。遮られた言葉は音になることはなく、自分の中で霧散する。
そんな俺を見て、小さく女は微笑った。そして最後まで取り乱すことなく、一礼して俺に背を向けた。
あぁ、やっぱり良い女だった。
去っていく後姿を見ながら、ぼんやりとそう思った。間違いなく、最上級に良い女だ。
でも、追いかけようとは思わなかった。今の俺にそんな資格がないことは分かっているし、何よりそれ以上に、俺は ―――
「アララ、駄目じゃん土方くーん」
急に遮断された思考に思わず溜め息をつく。
誰かなんて問うまでもない、振り返れば思った通りの姿がある。
「……万事屋」
「土方くんたら、慣れてそうな割に振り方下手だな〜。あんな良い女泣かせるなんざ、男として駄目だろ。てか羨ましいぞコノヤロー」
……何処から見ていたのかは分からないが、状況は正確に把握しているらしい。嫌なところを見られた、と軽く舌打つ。よりによって、こいつに。
そのまま誤魔化すように、振る機会すらないテメェよりマシだ、と悪態をつこうとして口籠る。
こいつは、相手に振られる機会すら与えないだけだ。好意を抱きそれを告げようとしたところで、こいつは決してその言葉を発させない。こいつを取り囲む空気が言葉より雄弁に拒絶するのだ。
それは誰より自分が実感させられている。
俺は、想いを告げることすらさせないこいつを、こいつのことを、
こんなこと、言い訳にしか過ぎないのかもしれない。ただ自分自身が逃げているだけなのかもしれない。
だが、それでも、確実にこいつも逃げているのだ。想いを、告げられることから。
「おい、……万事屋」
「何ですか女と男の敵なモテ男土方くん」
「……何でもねぇ」
あぁ、ほら。やっぱりこいつはこの想いを告げることを許さない。
お互い牽制し合ってるようなそうでないような。