躊躇うかのように控えめに響くノックの音に、扉へと歩みよる。こちらも小さく息を吐いてからノブを回せば、予想通りの人物の姿がそこにあった。
音で出迎えられていることには気付いているだろうに、彼は俯いたままこちらに視線を向けようとはしない。その態度が、彼の訪問の理由がスペインの予想通りであることを裏付ける。
それが分かってしまっているから、目の前で悲愴な表情をしている彼に何と言葉をかけたらいいのか分からない。
「……久しぶり、やな。ロマーノ」
どうにか紡いだ言葉はひどく在り来たりで、虚しく空気に融けていった。
手慣れているとは言い難い手つきで、だが丁寧に紅茶を淹れる。これが最後になるかもしれないのだから、出来る限り美味しいものを出してやりたい。その気持ちに偽りはなかったが、少しでも時間を稼ぎたいというのもまた本心だった。
ロマーノが近いうちに自分の元を訪れるだろうことも、その用件も察していた。今のロマーノの状況を考えれば、それ以外の答えなどなかった。だが、未だに彼にかける言葉に迷っている身としては、それが今日でなくても良いじゃないかと往生際の悪いことを思ってしまう。例えこれが今日でなく明日や明後日でも同じことを思うのだろうけれど。
ぐるぐると堂々巡りな思考の中、窺うように視線をロマーノに向けるが、客間の椅子に座った彼は相変わらず俯いたままだ。どうすることが正しいのか、スペインの中で答えは未だ出ない。だがこのままでいることが出来ないことも痛いほどに分かっている。
必死に"いつも通りの自分"を意識しながら、少し濃くなってしまった紅茶を手にロマーノの元へと向かった。
かちゃ、とカップと机がぶつかる音でようやくロマーノが顔を上げた。その顔は、スペインには見覚えがあった。ずっと昔、彼がまだ幼かった頃だ。自身の望みも、それを叶える手段も分かっているのに、それが不可能なことを知っている所為で、どうしたらいいのか分からないでいる、そんな表情だ。
あの頃は癇癪を起して怒ったり泣いたりしていたが、今のロマーノはただ黙っている。それが彼の決意なのだろう。
ゆっくりと彼が口を開く。その眼差しはまっすぐスペインに向けられていて、逸らすことをさせない。
本音を言えば、その言葉をスペインは聞きたくない。聞かないままでいたい。きっと自分の思いはそればかりで、だからそれを告げるロマーノにかける言葉など見つけようがないのだ。
それでも聞かなくてはならない。それが自分にできる最後のことだ。仮にも彼の"親分"を名乗ったのだ、最後まで全うしなければならない。
「……俺、は……あいつと、ヴェネツィアーノと、……"イタリア"に、なる。独立……する」
予想通りの言葉。予測していた言葉。なのに、何故こんなにも泣きたいような気持ちになるのだろう。
ロマーノが自分の手から離れてしまうことがこんなに辛いなんて。こんなに淋しいなんて。こんな、胸を引き裂かれるような気持ちになるなんて、思わなかった。
喜べ、祝福しろ、立派になったと褒めてやれ。それが"親分"だろう?
そう思っても、この胸の痛みも息苦しさも止まらない。もうロマーノは自分の元からいなくなる。それだけが確かな事実だ。
先程まで決意の光を宿していたロマーノの瞳が泣き出しそうに揺らぐ。それ以上に自分は酷い表情なのだろう。
戸惑うようにロマーノの手がスペインへと伸ばされる。触れられたら自分が何を口走ってしまうか分からない。だからその行動を遮るようにロマーノの手を握る。
「……頑張ってな、ロマ。親分、応援してるで」
どうにか"親分"として最後の言葉を告げる。握った手が強張った気がしたが、ロマーノは小さく頷いたから手から力を抜く。
後に残ったのは、焼け付くような胸の痛みだけで、結局自分が伝えたかった筈の言葉を見つけられないまま、スペインはロマーノの手を離した。
音で出迎えられていることには気付いているだろうに、彼は俯いたままこちらに視線を向けようとはしない。その態度が、彼の訪問の理由がスペインの予想通りであることを裏付ける。
それが分かってしまっているから、目の前で悲愴な表情をしている彼に何と言葉をかけたらいいのか分からない。
「……久しぶり、やな。ロマーノ」
どうにか紡いだ言葉はひどく在り来たりで、虚しく空気に融けていった。
手慣れているとは言い難い手つきで、だが丁寧に紅茶を淹れる。これが最後になるかもしれないのだから、出来る限り美味しいものを出してやりたい。その気持ちに偽りはなかったが、少しでも時間を稼ぎたいというのもまた本心だった。
ロマーノが近いうちに自分の元を訪れるだろうことも、その用件も察していた。今のロマーノの状況を考えれば、それ以外の答えなどなかった。だが、未だに彼にかける言葉に迷っている身としては、それが今日でなくても良いじゃないかと往生際の悪いことを思ってしまう。例えこれが今日でなく明日や明後日でも同じことを思うのだろうけれど。
ぐるぐると堂々巡りな思考の中、窺うように視線をロマーノに向けるが、客間の椅子に座った彼は相変わらず俯いたままだ。どうすることが正しいのか、スペインの中で答えは未だ出ない。だがこのままでいることが出来ないことも痛いほどに分かっている。
必死に"いつも通りの自分"を意識しながら、少し濃くなってしまった紅茶を手にロマーノの元へと向かった。
かちゃ、とカップと机がぶつかる音でようやくロマーノが顔を上げた。その顔は、スペインには見覚えがあった。ずっと昔、彼がまだ幼かった頃だ。自身の望みも、それを叶える手段も分かっているのに、それが不可能なことを知っている所為で、どうしたらいいのか分からないでいる、そんな表情だ。
あの頃は癇癪を起して怒ったり泣いたりしていたが、今のロマーノはただ黙っている。それが彼の決意なのだろう。
ゆっくりと彼が口を開く。その眼差しはまっすぐスペインに向けられていて、逸らすことをさせない。
本音を言えば、その言葉をスペインは聞きたくない。聞かないままでいたい。きっと自分の思いはそればかりで、だからそれを告げるロマーノにかける言葉など見つけようがないのだ。
それでも聞かなくてはならない。それが自分にできる最後のことだ。仮にも彼の"親分"を名乗ったのだ、最後まで全うしなければならない。
「……俺、は……あいつと、ヴェネツィアーノと、……"イタリア"に、なる。独立……する」
予想通りの言葉。予測していた言葉。なのに、何故こんなにも泣きたいような気持ちになるのだろう。
ロマーノが自分の手から離れてしまうことがこんなに辛いなんて。こんなに淋しいなんて。こんな、胸を引き裂かれるような気持ちになるなんて、思わなかった。
喜べ、祝福しろ、立派になったと褒めてやれ。それが"親分"だろう?
そう思っても、この胸の痛みも息苦しさも止まらない。もうロマーノは自分の元からいなくなる。それだけが確かな事実だ。
先程まで決意の光を宿していたロマーノの瞳が泣き出しそうに揺らぐ。それ以上に自分は酷い表情なのだろう。
戸惑うようにロマーノの手がスペインへと伸ばされる。触れられたら自分が何を口走ってしまうか分からない。だからその行動を遮るようにロマーノの手を握る。
「……頑張ってな、ロマ。親分、応援してるで」
どうにか"親分"として最後の言葉を告げる。握った手が強張った気がしたが、ロマーノは小さく頷いたから手から力を抜く。
後に残ったのは、焼け付くような胸の痛みだけで、結局自分が伝えたかった筈の言葉を見つけられないまま、スペインはロマーノの手を離した。
1. 僕がきみの手を握ったのは、言葉にならなかったからで、
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