「おっさんさ、星喰みのこととか全部終わったら、シュヴァーンに戻ろうと思うのよ」
大切な話があるんだけど、という前置きに続けられた言葉に、ユーリは目を見開いた。頭がその言葉を理解することを拒否していて、馬鹿みたいに相手の顔を見つめるしか出来ない。
なんでそんなことを言い出したのか、そんな結論に達したのか、ユーリには見当もつかない。そんな素振りを見せたことはないし、悩んでいる様子もなかった。少なくとも、ユーリの知る限りは。それでも、その表情がいつになく真剣なものだったから、言われたことが嘘や冗談の類でないことだけが分かる。分かってしまう。
「……突然、どうしたんだ、よ」
呟くように発した言葉は、自分でも信じられないくらいに震えていて、弱々しい。取り繕う余裕もない程に動揺していることを、その声でようやく自覚する。それくらいに、レイヴンのこの発言はユーリにとって唐突なものだったのだ。
「いやまぁ、おっさんも今後の身の振り方ってやつを色々考えたのよ。天を射る矢の方は、ハリーが頑張ってるし、何よりカウフマンみたいなベテランもいるしね。おっさんがいなくても回るでしょ。だったら明らかに人手不足の騎士団にしようかな、ってことよ」
フレンちゃん一人じゃ大変でしょ。戸惑うユーリを余所に、レイヴンはそう淡々と説明する。その説明こそが、更にユーリを混乱させるとは微塵も感じていないかのように。
なんで、なんで一度も自分達の、仲間の、―――自分の名前が出てこないのか。
付き合おうだなんて言葉にして確認したことはなかったが、想いを告げ合い、身体を重ねたことだって何度となくある。好きだと、幸せだとあんなに笑い合っていた。それなのに。
未来の話や約束なんてしたことはなかったが、自分達の関係はそんな曖昧で不安定なものだったのだろうか。今後のことを考えたとき、欠片も頭を過ぎらない程度の存在だったのだろうか。
天を射る矢ならば、まだ同じギルド同士だ。会うことだって難しくないが、騎士団となると違う。上層部は手を取り合うことに同意しているが、末端の騎士やギルド員は未だ敵対心を持っているし、小さないざこざは日常だ。そんな中で、騎士団の重鎮であるシュヴァーンとただの一ギルドの構成員であるユーリが、そうそう会える訳はない。そんなこと、聡いこの男が分かっていない筈はないのに、なんで。
きっと自分は酷い顔をしているだろう。それでもそう感情を言葉にすることは出来なくて、ただきつく両手を握り締めて俯く。
「別に、ユーリもそれで構わないでしょ?」
レイヴンのその言葉に、弾かれたように顔を上げる。視界に映るレイヴンの表情は、先程から変わらない笑顔のまま。
構わないと、いなくなってもいいと自分が思っていると、そう考えているのか。逆なのか。レイヴンにとってユーリが、ではなく、ユーリにとってレイヴンがどうでも良い存在だと、そう感じていたから、離れることを決めたというのか。全て自分の所為なのか。
差し出された手に自分の手を重ねることはあっても、握り返すことをしなかった自分。その腕を引いて、自分の下に留まらせようとしなかったツケが今返ってきているというのか。傍にいて欲しいと、そう言えなかった結果がこれだというのか。
そうこうしている内にも、話が終わったレイヴンは部屋を出ようとドアノブに手を掛けている。引き止めるための言葉は喉の奥に貼り付いたまま 、その姿を見送るしか出来ない。
紫の羽織が扉の向こうに消え、細く見えていた姿さえドアに遮られる――――
がちゃ、ん
無機質な金具がたてる音に目を見開けば、目に入ったのは木製の天井だった。これでもかと早く脈打つ心臓を服の上から押えて起き上がれば、先程音をたてたドアのところにレイヴンが立っていた。
「およ、起こしちゃった? 悪いねー」
軽く言って微笑うその姿には、さっきまでの真剣さなど欠片も見当たらなくて、その落差に眩暈がする。軽く頭を振ってその映像を振り払うと、ようやく意識がはっきりしてきた。
「……夢、か……」
「なに、寝ぼけてたの? 珍しいこともあるもんねえ」
けらけらと楽しそうに笑うレイヴンに、安堵の息を漏らす。そうだ、あれはただの夢だ。気にすることなんてない。あんなこと、起こったりしないんだ。大丈夫、なんだ。
「ああ、そうだ。おっさん、青年に大事な話があるんだわ」
どくり、落ち着いた筈の心臓が嫌な音をたてた。
冷たい汗が背中を伝う。のろのろと視線を合わせると、先程が嘘のような真剣な表情。既視感に足元が崩れていくような感覚が合わさって、吐き気がこみ上げる。いやだ、聞きたくない、何も言わないでくれ。
「あのね、おっさんさ、―――」
大切な話があるんだけど、という前置きに続けられた言葉に、ユーリは目を見開いた。頭がその言葉を理解することを拒否していて、馬鹿みたいに相手の顔を見つめるしか出来ない。
なんでそんなことを言い出したのか、そんな結論に達したのか、ユーリには見当もつかない。そんな素振りを見せたことはないし、悩んでいる様子もなかった。少なくとも、ユーリの知る限りは。それでも、その表情がいつになく真剣なものだったから、言われたことが嘘や冗談の類でないことだけが分かる。分かってしまう。
「……突然、どうしたんだ、よ」
呟くように発した言葉は、自分でも信じられないくらいに震えていて、弱々しい。取り繕う余裕もない程に動揺していることを、その声でようやく自覚する。それくらいに、レイヴンのこの発言はユーリにとって唐突なものだったのだ。
「いやまぁ、おっさんも今後の身の振り方ってやつを色々考えたのよ。天を射る矢の方は、ハリーが頑張ってるし、何よりカウフマンみたいなベテランもいるしね。おっさんがいなくても回るでしょ。だったら明らかに人手不足の騎士団にしようかな、ってことよ」
フレンちゃん一人じゃ大変でしょ。戸惑うユーリを余所に、レイヴンはそう淡々と説明する。その説明こそが、更にユーリを混乱させるとは微塵も感じていないかのように。
なんで、なんで一度も自分達の、仲間の、―――自分の名前が出てこないのか。
付き合おうだなんて言葉にして確認したことはなかったが、想いを告げ合い、身体を重ねたことだって何度となくある。好きだと、幸せだとあんなに笑い合っていた。それなのに。
未来の話や約束なんてしたことはなかったが、自分達の関係はそんな曖昧で不安定なものだったのだろうか。今後のことを考えたとき、欠片も頭を過ぎらない程度の存在だったのだろうか。
天を射る矢ならば、まだ同じギルド同士だ。会うことだって難しくないが、騎士団となると違う。上層部は手を取り合うことに同意しているが、末端の騎士やギルド員は未だ敵対心を持っているし、小さないざこざは日常だ。そんな中で、騎士団の重鎮であるシュヴァーンとただの一ギルドの構成員であるユーリが、そうそう会える訳はない。そんなこと、聡いこの男が分かっていない筈はないのに、なんで。
きっと自分は酷い顔をしているだろう。それでもそう感情を言葉にすることは出来なくて、ただきつく両手を握り締めて俯く。
「別に、ユーリもそれで構わないでしょ?」
レイヴンのその言葉に、弾かれたように顔を上げる。視界に映るレイヴンの表情は、先程から変わらない笑顔のまま。
構わないと、いなくなってもいいと自分が思っていると、そう考えているのか。逆なのか。レイヴンにとってユーリが、ではなく、ユーリにとってレイヴンがどうでも良い存在だと、そう感じていたから、離れることを決めたというのか。全て自分の所為なのか。
差し出された手に自分の手を重ねることはあっても、握り返すことをしなかった自分。その腕を引いて、自分の下に留まらせようとしなかったツケが今返ってきているというのか。傍にいて欲しいと、そう言えなかった結果がこれだというのか。
そうこうしている内にも、話が終わったレイヴンは部屋を出ようとドアノブに手を掛けている。引き止めるための言葉は喉の奥に貼り付いたまま 、その姿を見送るしか出来ない。
紫の羽織が扉の向こうに消え、細く見えていた姿さえドアに遮られる――――
がちゃ、ん
無機質な金具がたてる音に目を見開けば、目に入ったのは木製の天井だった。これでもかと早く脈打つ心臓を服の上から押えて起き上がれば、先程音をたてたドアのところにレイヴンが立っていた。
「およ、起こしちゃった? 悪いねー」
軽く言って微笑うその姿には、さっきまでの真剣さなど欠片も見当たらなくて、その落差に眩暈がする。軽く頭を振ってその映像を振り払うと、ようやく意識がはっきりしてきた。
「……夢、か……」
「なに、寝ぼけてたの? 珍しいこともあるもんねえ」
けらけらと楽しそうに笑うレイヴンに、安堵の息を漏らす。そうだ、あれはただの夢だ。気にすることなんてない。あんなこと、起こったりしないんだ。大丈夫、なんだ。
「ああ、そうだ。おっさん、青年に大事な話があるんだわ」
どくり、落ち着いた筈の心臓が嫌な音をたてた。
冷たい汗が背中を伝う。のろのろと視線を合わせると、先程が嘘のような真剣な表情。既視感に足元が崩れていくような感覚が合わさって、吐き気がこみ上げる。いやだ、聞きたくない、何も言わないでくれ。
「あのね、おっさんさ、―――」
掴み損ねたるはしあわせか、それとも君の手だったのか
(まだ、手を伸ばせば、届くだろうか)
全力で趣味に走りました。笑顔。だから似たような話を前に書いた気もするけど気にしないよ!
この後の展開はおっさんを引きとめるシリアス展開でも、しょうもないことをおっさんが言い出すギャグ展開でも構わないと思ってる。
この後の展開はおっさんを引きとめるシリアス展開でも、しょうもないことをおっさんが言い出すギャグ展開でも構わないと思ってる。