あの日。
 俺の世界は、血の赤に染まった。それが流れ落ちて、全てが色を失って。

 モノクロになった世界に色を与えてくれたのは ―――― 小さな、温かい光だった。



「ちょ、おい! 待てって! ……っルーク!!」

 ちくり。
 刺さったままの棘が疼くような、そんな痛みに耐えるように、やっと捕まえたブウサギを抱き上げる。

「まったく……いい加減、散歩中に逃げ出すのはやめろよな」

 ルーク。
 あいつと同じ、でも、あいつではないその名。


「勝手に………何処か行くなよ、 ―――― "ルーク"」


 違うのに、呼ぶ度に軋む胸。
 ―――― あと、どのくらいこの痛みに耐えれば良いんだろう。


「 ―――― って、こら! 暴れるな!」

 力が緩んだのを敏感に察知したのか、ブウサギはするりと腕から抜け出し、駆けて行った。しかし、遠くまで行くつもりはないらしく、この庭園内をうろうろしている。
 その姿に、小さく溜息をついて。少しならいいか、と自分も芝生の上に横になる。否応なしに視界いっぱいに広がる空は、今日も澄んだ蒼。


 ――――― なぁ、ルーク。
 お前がいなくなった世界は、どこまでも穏やかで。何処かがぼやけていて。なのに、空だけは。お前が命をかけて取り戻したこの蒼さだけは、今も変わらず、綺麗な色でこの瞳に映るから。
 だから、お前がこの空に融けてしまっているんじゃないか、なんて不安になるんだ。

 お前の帰還を疑っている訳じゃない。でも、それでも。
 それがいつかは分からないから。明日かも、今この瞬間かもしれない。けれど、何十年も先かもしれない。

 待つのを止めるつもりはないけれど、待てるか不安ではあるんだ。


 どす。

 突然襲ってきた衝撃に、知らず閉じてしまっていた眼を、恐る恐る開く。そこには予想通り、腹の上に呑気な顔をしたブウサギが我が物顔で乗っかっていた。
 充分運動して満足したのか、ふごふごと帰るよう促す。こっちの都合なんてお構いなしだ。


「……ふ…くく……っっ」


 思わず込み上げる笑い。
 そうだよな。お前はいつだってそうだったよな。初めて会ったときから、あのときまで。こっちの都合なんて考えずに、自分が思うまま俺を振り回して。
 今更といえば、今更か。これだけの付き合いなんだ。

「そうだな、そろそろ戻らないとピオニー陛下が騒ぎ出すからな」

 てこてこ歩くブウサギを追いかけながら、もう一度だけ空を見上げる。
 蒼い空と、白い雲と、 ―――― 輝く音符帯。

 お前が色を与えてくれた世界は、お前がいなくなって、再び色を失った。


「早く帰ってこいよ、ルーク・・・・・・・ちゃんと、待っててやるから」


 もう一度色を与えてくれるのは、お前しかいないんだ。


9. 失色園
エンディングとエピローグの中間な時間軸でルークを待ってブウサギと戯れるガイ様。
……音符帯って輝いたりするんでしょうか。


Back