この罪を、この苦しみを。
贖うことすら出来ないこれらを抱えて、それでも真っ直ぐ前だけを見据える、その姿に。

きっと、救われていた。



 良くも悪くもなっていませんね、という言葉にルークは顔を上げた。
 その視界に映るのは真紅の瞳と夕焼け。どうやら今回の検診はいつも以上に時間がかかったらしい。回を重ねる毎に長くなる診察時間に、残された時間の少なさを思い知らされる。
だがジェイドが気休めの嘘を吐く性格ではないことも分かっているので、先程の言葉も本当なのだろう。時間はまだゼロではない。

 そう自らを奮い立たせて小さく頷いた。まだまだ立ち止まるには早い。やるべきことは山積しているのだ。
 いつも通り礼を告げて席を立とうとして、目の前のジェイドの表情が何か言いたそうなものであることに気付く。どうしたのだろうとは思うが、ジェイド自身が告げる気にならない限り、尋ねたところで答えてくれるとは思えない。
 気にしつつもその原因を探ることは諦めて部屋のドアへと向かおうとしたルークだが、予想外に呼び止める声がかかった。
 何気なく振り向いた先の真剣な表情に、ルークは息をのむ。射るような強さを持ったそれに気押されるが、どうにかその場に踏み止まる。
 自身を襲う戸惑いを隠せないまま言葉を待てば、小さな溜め息と共にそれは吐き出された。


「……私は、あなたに謝らねばならなかった」


 謝る。ジェイドが? 俺に? 何を?
 告げられた意味を理解出来ずに混乱しているルークにちらりと視線を向けるが、ジェイドは構うことなく言葉を続ける。


「フォミクリーという技術を放置したこともですが……何より、アクゼリュスで起こったことの責任を、全てあなたに押し付けてしまったことを」


 それは違う、全部俺の所為なんだ。
 そう反射的にルークが叫びだしそうになるのをジェイドは視線だけで抑える。今告げたいことはそんなことではないのだ。
 もう一つ吐き出される溜め息。だが、それはいつかのような苛立ちを含んだものでも、最も多い呆れを含んだものでもなかった。
 そう、言うなれば「仕方ない」という許しと優しさと、そんな温かいものを纏った何かだった。

「あなたに責任がなかったとは言いません。だが、あなただけが背負わねばならないものでもない」
「……でも……っ」
「あのときの私達は、知識も情報も力も、何もかもが足りていなかった。そんな中で起こったことの責任を一人に押し付けることは適当ではありません」
「でも、俺、俺がっ」
「……ルーク」

 静かに名を呼べば、まだ言い募りたそうな表情ながらも言葉を止める。
 こんなところを見る度に、本当にルークは変わったのだとジェイドは思う。他者の知識や意見を聞き入れ、それを鵜呑みにするだけでなく考えることが出来るようになった。
 それは誰にでも出来ることではない。事実、ジェイドでさえ逃げ続けていたことがあるのだ。クリフォトに落ちたあのときの彼の態度に、自らの罪を認めることが出来ず、更なる罪へと手を伸ばしたかつての己を見ているようで苛立った。だからあんな言葉を投げつけた。
 あのときのルークの態度は確かに責められるべきものだった。だが、それでも。


「自らの罪から逃げようとしたあなたの態度は責められて然るべきです。しかし、それとこれとは話が別です。あのとき、それに便乗してあなたに全てを押し付ける言動をとったこと、それも罪から逃れようとする行為に他なりません」


 私だって充分責められるべき人間です、と足される言葉にルークは目を見開く。呆然、そんな言葉が一番ふさわしいような気分だった。
 その後にじわりじわりとこみあげてくる感情。これを何と表現したら良いのか、ルークには分からない。嬉しい、悲しい、泣きたい、切ない、それら全てを混ぜたような感情。ありがとうとごめんなさいを、何かに対して叫びたいような衝動。

 ――――― これを、何と表現したらいいのだろう。


「……ジェイドは、強い、な」

 今の胸の内を表現する術を持たないルークは、ただ思ったことを口にした。ただ純粋に、そう思ったのだ。
 ジェイドはその言葉を訊いて少し驚いたような表情になり、今度こそ見慣れた、呆れたような顔になった。

「こんな状況になるまであなたに謝罪出来なかったのに、強い、ですか」
「うん。強い。ジェイドは、強いよ」

 そうですか、と告げられた声の調子から、この会話は終わりなのだとルークは悟る。
 じゃあ俺、夕食までちょっと出かけてくるな、とドアを開けば、引き止められることはなく、気を付けて下さいね、という言葉だけ追いかけてきた。
 それに笑顔で答えてドアを閉める。


 ドアの向こうの気配が遠のくのを感じて、知らず詰めていた息をジェイドは吐き出す。
 あの子供が今更自分を責めることなどしないと分かっている癖に、こんなにも緊張していた自分が強い訳はない。狡くて臆病な人間だ。だからこそ恩師を失ったときにレプリカという逃げ道を作ろうとしたのだ。

 それと同じ道を辿るかと思われた子供は変わってみせた。ジェイドなどよりもしっかりと自分の罪を受け止め、他者の罪すらも許してみせる。
 そんな姿に触れて、やっと己の罪と向き合うことが出来た自分。随分と回り道をしてしまったが、遅過ぎることはない。

 懸命に生きる子供の髪と同じ色に染まった空を見つめ、――――― 静かに瞳を閉じた。


2. あなたが私を救ってくれた
確かにあのルークの言動は責められるものだけど、全部の責任まで背負わなきゃいけない立場でもないんじゃないかなー……っていう(何)。
あのときは、パーティーメンバーも動揺して事態を受け止めきれずにいた分、一人逃げようとしたルークにきつくなっちゃったんじゃないかなとか。
もしルークが「俺の所為だ」と言えていたなら、誰かはルークだけの所為じゃないと言ってくれていたんじゃないかな、という妄想(え)。


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