その言葉を聞いたとき、俺を襲ったのは、絶望。
 そして、"間違い"を正すよう何かに迫られているのだという諦念だった。
04 ・ 歪なあいのかたち
 虎徹とバーナビーは、恋人同士だった。それは秘め事ではあったが、確かな事実だった。
 誰にも告げたことはない。恐らく色恋の機微に敏いあの同僚には感づかれていただろうし、後に気付かない訳ないでしょと言われたが、それまでは直接確認されたことはなかった。だから、誰も二人の関係を知らなかった。いや、知らせなかった。それは二人の持つ社会的な立場や影響力を考慮したからではあったが、近しい人間にすら告げなかったのは、頑ななまでに虎徹が拒んだからだ。
 虎徹自身、マイノリティな性志向だからと差別をすることはないし、その周囲の人間だってそうだ。娘である楓に関してはそれとは別問題になるが、誰にも言えないということはないとバーナビーは感じていたようだった。それを虎徹は、前述したような理由で完全に秘密にするよう押し通した。
 そう、虎徹は怖れていたのだ。バーナビーが自分と付き合っているという事実を他人に知られることが怖かった。そんな形で自分がバーナビーを拘束してしまうことが怖くて堪らなかったのだ。

 告白はバーナビーからだった。緊張した面持ちで想いを告げる姿に、やたらと彼が自分と居たがる理由がようやく理解できて、すべてが腑に落ちた気がした。あぁ、こいつは俺のことが好きだったのか。そんな納得の後に一拍おいて思考を埋めたのは恥ずかしさだった。
 顔が熱くて、心臓が馬鹿みたいに早鐘を打っていたことを憶えている。そんな虎徹の態度を脈有りと判断したバーナビーに、押しに押されて付き合うことになった。やや強引な展開だったが、それを受け入れたのは、どんな形であれ虎徹がバーナビーに好意を抱いていたからに違いない。最初こそ不安だったが、バーナビーが求めてくる接触に感じるのは羞恥のみで、嫌悪はなかったのだから、つまり虎徹が抱いていた好意もバーナビーの好意に準ずるものだったのだろう。そう結論付けてしまえば、バーナビーとの時間は幸せなばかりだった。

 その感情に陰りが生まれたのは、いつだっただろうか。きっかけなど、憶えていない。ただ、自分がバーナビーの隣に居続けることに不安を感じてしまった。
 もっと違う形の、ずっと続いていく形の幸せを掴めるはずのバーナビー。それをいつまでも虎徹に縛り付けておいてはいけないのではないか。彼の想いを拒絶するべきなのではないか。そもそも、バーナビーが虎徹に抱いている感情自体、彼の特異な環境による刷り込みのようなものではないのか。
 さすがに口に出すことは出来なかったが、その不安は虎徹の態度を通してバーナビーにも伝わっていたのだろう。気付けば、二人には些細な諍いが増えていた。虎徹の態度に苛立ったバーナビーが、虎徹を詰り、離れないでくれと縋るようになった。こんなものは、どう見たって健全な関係性ではない。そうは思っても、お互い自身の感情に雁字搦めで身動きできない状態がずるずると続いていた。

 そんな中起こったのが、あの爆弾事件だった。
 前日の口論を引き摺って、ぎこちないまま臨んだ現場。プライベートでのことをヒーロー活動に持ち込むことはしていないつもりだったが、やはり僅かなミスは起こるもので、一瞬の判断の遅れからバーナビーが崩れ落ちる建物に取り残されることになった。
 ヒーロースーツのバイタル反応からバーナビーが生きていることは分かるものの、彼の姿は瓦礫の下に隠れて確認することが出来ない。軽傷の筈の虎徹の心臓の方が止まりそうな気持ちになりながらどうにかバーナビーを見つけ出せば、青白い顔で気を失ったまま目を覚まさない。処置を終え、病室のベッドに横たわる姿を見守っている間中、虎徹は生きた心地がしなかった。何でもいい、生きてて欲しい、それだけでいいから、そんな虎徹の想いに応えるように意識を取り戻したバーナビーは、記憶を失っていた。

 その事実を知って、これは罰なのだと思った。バーナビーの想いを踏みにじった罰。その代償として、虎徹はバーナビーとの間にあった絆を失った。彼との関係性を失った。それは何よりも辛い罰である一方で、何よりも救われる贖いでもあった。
 バーナビーを解放しよう。虎徹という鎖を外してやるのだ。記憶を取り戻させて、もう一度巻きつけることはしない。同僚として、バディヒーローとして、繋ぐのはその細い糸だけだ。バーナビーに、虎徹に対する執着心を持たせてはいけない。そう、決めた。

 その心の奥底で、一つの賭けをしながら。





 ゆっくりと瞼を押し開けると、薄闇に沈む白い天井が見えた。続いて、ベッド横から虎徹の顔を覗き込んでいた、今にも泣き出しそうに綺麗な顔を歪めている相棒が視界に映る。

「ば、……に」

 擦れた声でその名を呼ぶと、耐えきれなくなったようにその瞳から涙が溢れだした。横たわる虎徹の身体にしがみ付きながら、虎徹さん虎徹さんと幼い子供のように泣きじゃくっている。
 どうにか泣き止んで欲しくて、重い腕をどうにか持ち上げてその頭を撫でるが、しがみ付く力が強くなるばかりで逆効果でしかなかったようだった。
 その姿に、虎徹はバーナビーが記憶を取り戻したこと、自分の賭けが終わったことを悟る。

(バニーが新しい道を行けるようにするんだ。でも、もし、もしも)

 これが勝ちなのか、負けなのか。それはもう虎徹にも分からない。
 だが、どちらにせよ、この泣き虫な相棒を虎徹は放っておけない。なら、腹を括るしかないのだ。

(もし、それでも、それでもお前が俺を求めるなら。俺も、お前を諦めたりしなくていいんじゃないかって。そう、思ってもいいか、バニー)