あなたの世界に、まだ、僕はいますか?
ハッピー バースデイ
 部屋に蟠る静寂を打ち消したくて何気なくつけたスクリーンに、見知った顔が現れて思わず息を呑んだ。同時に耳が認識した音声は、画面越しではなく何度となく直に聞いた声だ。その明るく喧しい声は、画面に映った少女がポイントを得たことを伝える。
 HERO TV。シュテルンビルトでは何より有名なその番組は、今日もヒーロー達がこの街を守ったことを伝えている。どうやら今日の犯人を逮捕したのは先程の少女―――ブルーローズらしい。相変わらずの青い衣装を身に纏い、インタビューにも強気なコメントを返している。だが、本当の彼女は、人並みに悩み恋もする、少し気が強いだけの普通の少女であることを僕は知っている。他のヒーロー達だって、同じだ。皆、弱さも辛さも抱えている、ただの人間だ。それがこうやって画面を隔てるだけで、理想化された完璧なスーパーマンのように見えてしまうのだから滑稽だ。
 そんなことを思いながら、手元の機械を操作してスクリーンの電源を落とす。再び静寂が部屋中に広がったが、もう何かをするのも面倒になって、部屋の中央にあるソファに身体を横たえた。
 彼らを、そしてあの番組を滑稽だなどと、他でもないこの僕が思う資格なんてない。少し前までは、自分もそっち側の立場の人間だったのだから。ヒーローとして、彼らと共にこの街を守っていたのだ。増してや、あれだけ大々的に売り出されてキングオブヒーローにまでなったのだ。視聴者は、僕のことを悩みも弱みもない、本当に完璧な人間だと思っているかもしれない。その実態は、今日を、―――自分の誕生日を一人で過ごす寂しさに負けそうになっている、ただの弱い男だというのに。

 4歳で両親を失って以来、誕生日なんてものは僕にとって祝う日でも何でもなくなっていた。また何の進展もないまま一年を終えてしまったという焦燥に曝され、それをサマンサおばさんが焼いてくれたケーキと共に飲み込む、復讐の決意を新たにする日だった。アカデミー時代だって、復讐ばかりに頭を支配された僕には誕生日を教えるような友人がいなかったから同じような日を過ごした。
 それが変わったのは、ヒーローになってからだ。1年目の誕生日は、正直散々だった。ヒーロー仲間達で祝ってくれようとしたらしいが、結果としてそれは事件に巻き込まれることになった。そして2年目の誕生日は、何の前触れもなく彼ら全員が大挙してこの部屋にやってきた。持ち込んだものを好き勝手に飲食し、楽しそうに騒いでいた。その時の部屋の惨状は、今でも忘れることが出来ない。しかもその最中に出動がかかり、またしても慌ただしく過ごすことになってしまった。

 2回分の誕生日を振り返りながら、目を閉じたまま深く嘆息する。どちらも良い思い出とは言い難いのに、今、どうしようもなく懐かしいのは何故だろう。先程画面越しに彼らの姿を見てしまったからだろうか。柄にもなく、郷愁の念のようなものに囚われているのか。それとも。

(虎徹、さん……)

 画面越しにすら見ることのない人の姿を思い出してしまったからだろうか。


 誕生日サプライズを計画しては他のヒーロー達を巻き込んでいた彼は、もうこの街にいない。誰よりもヒーローだった彼は、今はもうヒーローでなく、ただの一人の父親だ。他の誰より近くで、長い時間を共に過ごしていた彼は、もう自分の相棒ではなくなってしまっていた。
 とはいえ、全く縁が切れた訳ではない。極稀に彼から電話がかかってくることもあるし、一度彼が用事でシュテルンビルトを訪れたときには久しぶりに会って食事をした。
 ―――だが、それだけだった。以前のように、毎日顔を見ることもない。声を聴くことも、言葉を交わすこともない。僕が辛いときに誰より早くそれに気付いて、傍にいてくれることは、もうない。

 知らず詰めてしまっていた息を、ゆっくりと吐き出す。足りない酸素を求めて空気を吸い込めば、強張っていた肺が震えた。
 自分がヒーローを辞めてしまえば、そして彼がワイルドタイガーを辞めてしまえば、こうなることは分かっていた筈だ。確かに彼と僕は最高のバディヒーローで、二人で絆ともいえる信頼関係を築いてきた。だが、"鏑木・T・虎徹"との間には、バディという繋がりを失った後まで同じ関係を維持する理由はないのだ。
 それを知っていながら拒絶を恐れて一歩を踏み出せなかった自分には、今更何も言う権利はない。何の用事もないのに、会いたいだなんて言える訳がない。

 いっそ眠ってしまおうかと思うのに、閉じた瞼の裏には彼ばかりが浮かんでくる。1年目の誕生日のときの、一生懸命に僕の欲しいものをリサーチしていた困った顔。犯人をプレゼントだと差し出したときの誇らしげな顔。2年目の誕生日のときの、荒れていく部屋に文句を言いながら何処か嬉しかった僕を、僕以上に嬉しそうに見ていた顔。現場からそれぞれ直帰してしまったヒーロー達に対して悪態をつきながら、一緒に散らかった部屋を片付けていたときの拗ねた顔。そして、「おめでとう」と祝ってくれたときの笑顔。
 考えないようにしようとすればする程、彼の表情が次々と思い出される。あぁ、どうしよう。会いたい。会いたくて堪らない。
 今日が、彼の誕生日なら良かった。それなら会いに行く理由になるのに。プレゼントを手にして、祝いたかったからと言えば良い。だが、今日は彼じゃなく、自分の誕生日だ。理由に、ならない。祝って欲しいなんて言える関係じゃない。そんな特別になることはなく、僕と彼の関係は薄れてしまったのだ。震える指では、彼と僕を繋ぐ唯一の手段である携帯電話を手に取ることすら叶わない。


 暗い思考に澱んでいく僕を現実に引き戻したのは、来訪者を告げるベルの音だった。今の自分は酷い表情をしている自覚はあったから誰かと顔を合わせたくはなかったが、それでまたベルを鳴らされるのも煩わしくて怠い体を無理矢理に起こす。重い足を引き摺るようにして玄関へと向かえば、マンションの管理人である初老の男が立っていた。ぎこちない作り笑顔で挨拶を交わせば、それで何かを察してくれたらしい男は、無駄な言葉を口にすることはなく、代理で受け取っていてくれたらしい小包を僕に手渡して背を向けた。それに内心感謝してドアを閉め、再び世界と自分を隔てるように固くロックをかけると、手のひらにのるサイズの小さな包みを持ってリビングに戻った。
 手にした包みは重くはない。軽く揺すれば、中で何かがコツ、と音を立てた。ソファに腰かけて、無造作にその包装を解いていく。元ヒーローとしては、もっと中身を警戒して開けるべきなのだろうが、今の僕にとってはどうでも良かった。もしこれがかつて自分が捕まえた犯罪者から送られた爆弾であっても、構わなかった。
 自棄気味の予想とは違い、包み紙の中から現れたのは黒い小箱だった。箱の蓋には、自分も知っている店のロゴが入っている。戸惑いながら蓋を開くと、中にはシンプルなシルバーのペンダントがあった。鈍く光を反射するそれに目を奪われていると、ひらりと包装紙の間からカードが落ちた。慌てて床に落ちたそれを拾うと、そこには見覚えのある筆跡があった。あまり綺麗とは言えない、右肩上がりの文字。

バニーちゃん、誕生日おめでとう

 差出人の名前もない、ただそれだけのメッセージカード。だが、それだけで十分だった。僕をその名で呼ぶのは、彼だけだ。何より特別な響きを持って自分の鼓膜を揺らしていた音を忘れることなど、ない。出来る訳がない。

「……こて、つ、…さ……」

 声がみっともなく震える。涙が溢れてきた。止まらない。彼が好きだ。会いたい。会って、彼の笑顔が見たい。もう一度、彼にあの声でこの名を呼んで貰いたい。

「こてつ、さ……こ、てつ、さん……っ」

 涙で歪んだ視界の中、手の中のペンダントがきらきらと光る。きっと、これは彼でなく、彼の娘が選んだのだろう。彼のプレゼントセンスの酷さは、誰より承知している。そのセンスを受け継がなかったらしい彼女が選んだこのペンダントは、自分の好みから遠くなく、多分気に入る。でも、それでも。
 今日、この日に送られるプレゼントは、あなたが選んだものであって欲しかった。似合わなくてもいい、どんな酷いものでもいい、あなたが僕のために選んだものを手にしたかった。そう告げたら、あなたはやっぱり笑うだろうか。あの、温かな笑顔で。

「会いた、い……っ、こて…つ、さ……好き、なん、……です…っ…」

 言えなかった言葉は、誰にも届くことなく――― 一人きりの部屋の静寂に溶けていった。





(僕の世界は、今でもあなたばかりです)





えー……と、……なんか……すみません……(土下座)。祝う気が欠片もないような話で本当すみませんマジで。
1年目が5話で2年目が空白の10ヵ月で3年目が空白の1年だよね、とか考えてたら、間違いなく3年目は放置くらって一人で過ごしてる気がしてしまってつい……!
ていうか年表間違えてたらすみません。スルーして下さい。
本当、フリーにするのが申し訳ないほど暗くて……バニーさん、ごめん……反省する……。


モドル