僕の世界に、また残像ではないあなたを得られたのだ。
ハッピー ハッピー デイ
「ぷっはー! いやー、楽勝だったな!」

 シャワーの水音に交じって、隣のブースから楽しそうな声が響く。僕の場所と彼の場所、2か所から起こる、ばしゃばしゃと肌を打つ音に負けないように僕も少し声を大きくして返す。

「僕にまたお姫様抱っこされておいて、何が楽勝ですか。まぁ、その後の連携は悪くなかったですけど」
「だろだろ! やっぱバニーちゃんがいると違うなー」
「はいはい、ありがとうございます」
「はは、何だよ、もっと喜べよ!」

 口論のような軽口を交わしながら、上機嫌で汗を流す虎徹さんに、内心では安堵で胸を撫で下ろす。正直、もう僕と組む気はなかったとか今更迷惑だとか言われたらどうしようかと不安だった。もし仮にそう思っていたとしても、彼はそれを口に出すことはないだろうが。
 だが、この虎徹さんを見て、そんな心配は杞憂に過ぎなかったのだと漸く思えた。彼は嘘を吐くのも上手いが、この喜び方は本心からだ。その判別が出来るくらいは彼と時間を共にしてきた。何より、彼との連携は1年のブランクを感じさせないほどに息が合っていて、まだ僕は彼の相棒の位置にいるのだと実感できた。こうやって並んでシャワーを浴びるなんていう以前は当たり前だったことが、今の僕には泣きたい位に幸せだなんて、きっと虎徹さんは想像も出来ないだろう。

 仕切り部分に掛けていたタオルで身体を拭き、それを腰に巻いてブースを出ると、先に出ていた虎徹さんはシャツのボタンを留めながら振り返った。その視線が僕の顔から胸元へと移動し、そこに光るものを見つけた彼は嬉しそうに破顔した。

「それ、使ってくれてるんだな」

 はっとして隠そうとしたが、もう遅い。誕生日に彼から贈られたネックレス。彼が選んだものではないだろうとは思っていたが、それでも彼からのプレゼントであることに変わりはない。何となくお守りのように思えて、あれ以来肌身離さず身に着けてしまっていた。
 今更隠す方が恥ずかしい気がして、反射的に胸元に上げていた右手で誤魔化すようにそのプレート部分をなぞった。僕は何となく気まずさから視線を合わせられないでいるのに、対する虎徹さんは気に入ってくれたなら良かったと笑っている。何だか自分だけが動揺させられっぱなしなのは不公平な気がして、少し意地悪をすることにした。

「……これ、選んだの虎徹さんじゃないですよね?」

 このプレゼントを手にしたときから抱いていた疑問を投げかけると、虎徹さんはぎくりと肩を震わせた。どうやら図星らしい。あー、と小さく呻いてからバツが悪そうに、どうして分かった?と問い返してきた。その反応に少し気が晴れる。

「あなたのプレゼントセンスが最悪なことは、充分知っていますから。あなたが選んだのなら、こんなまともなものの訳がない」
「まぁ、それは確かに楓が選んでくれたものだけどよ……でも、俺だって色々考えはしたんだぜ? 片っ端から却下されたけど」

 そのときのことを思い出してか、少し拗ねたように虎徹さんが唇を尖らせる。なのに僕の心は温かい気持ちでいっぱいだった。会わないでいた間も、彼の中に僕は存在していた。彼が僕のことを考えてくれていた。ただそれだけで自分の顔が綻ぶのを感じる。もう、重症だ。

「じゃあ、これは楓さんからのプレゼントであって、僕はまだあなたからプレゼントを貰っていないということになりますね」
「いやいや、そんなことないだろ! さっきだってポイント取ったし!」
「またプレゼントがポイントなんて芸のないこと、言わないで下さいね」

 にっこり笑って言えば、虎徹さんが言葉に詰まる。うろうろと視線を彷徨わせながらプレゼントの内容を考えてくれているらしい。その表情は真剣で、だからこそ笑ってしまう。本当はそうやって悩んでくれるだけで充分だと、あなたがくれるものなら何だって嬉しいのだと伝えてしまってもいいのだろうか。
 そう僕が迷っている間に、彼の方は答えが出てしまったらしい。目を煌めかせて僕に視線を向けてくる。

「じゃあこれから二人で飲もうぜ! 俺が飯作ってやるよ。その飯と、俺が一緒に過ごすことがプレゼント!」

 嬉しそうに告げられたその言葉に思わず目を見開いて、その意味を反芻する。もう脱力するしかなかった。僕の気も知らないでこの人は。思わず深い溜息を吐きながら、右手で自身の顔を覆った。

「今度こそ"俺がプレゼント"って訳ですか……」
「あ、いや、どっちかっていうとメインは飯の方ででいいから」
「良いですよ、どっちも貰ってあげます」

 むしろ下さい。特に、そのおまけの方を。
 そんなことは言えず、もう一つ溜息を零す。プレゼントセンスがないという言葉は撤回しないといけないかもしれない。彼は、的確に僕が一番欲しいものを差し出してきたのだから。例え、それが彼が意図していたところと違っていたとしても。

 ちらりと指の隙間から覗く虎徹さんは、不思議そうな顔で僕を見ている。また、いつ来るか分からない別れ。そのとき、僕は彼との関係を変えることが出来ているだろうか。今度こそ、会いたいと言える関係になれているだろうか。

(分からない。けど、同じことを繰り返すのだけは御免だ)

 取り敢えずその第一歩として、今夜を迎えよう。
 家にある酒瓶のラベルを脳内でリストアップしながら、僕はそう静かに決意を固めた。





(あなたの世界にも、思い出ではない僕を置いて下さい)




誕生日話があんまりにもあんまりな感じになってしまったので、慌てて付け足した後日談的なものです。
本当は漫画にしようと思っていたのですが、うっかり手に怪我したせいでシャーペン持てなくなったとか馬鹿にも程がある……。


モドル