*原作展開を気にしたら負けなパラレル話。虎徹さんがヒーロー辞めて実家に帰っちゃった後。
 ヤンバニ気味で兎→虎+楓。










 ずっと、自分と父親を隔てているものは「仕事」なのだと、そう思っていた。だからこそ、それが言い訳のように感じて父親を詰ったこともある。
 でも、少なくとも最後の一年程は、違ったのかもしれない。
 
白夜の裏側
 がちゃがちゃと背中のランドセルを鳴らしながら帰り道を急ぐ。揺れるそれは多少駆ける足に負担を与えるが、慣れた家路を辿る足取りは軽い。何故なら、今日は父親が休みの日なのだ。

 母親が亡くなって以来、ずっと楓と父親は離れて暮らしていた。楓は祖母の暮らすこのオリエンタルタウンで、父はシュテルンビルトでそれぞれ生活していた。仕事の関係で仕方がないと分かってはいたが、それで全てを受け入れられる程まだ大人ではなく、駄々を捏ねて父である虎徹を困らせてばかりだった。
 その虎徹が仕事を辞めて一緒に暮らすようになって、もう半年になる。楓の伯父、虎徹にとっては兄が経営する酒屋で働いている父だが、元ヒーローという気性がそうさせるのが、酒屋とはなんの関係もない頼まれごとをあれこれと引き受けて、まるで何でも屋のようになってしまっている。だから同じ家に住んでいても、一日顔を合わせないこともあるくらい忙しくしていて、それは酒屋の仕事が休みの日でも同じだ。だからこそ少しでも早く帰って、虎徹を捕まえなければならない。例え仕事が入っていたとしても、その内容次第では一緒に連れて行ってもらえるときだってあるからだ。

 ようやく見えてきた自宅前の駐車場に虎徹の車があるのを見て、思わず楓の顔も綻ぶ。どうやら虎徹が出かけてしまう前に帰ってこれたらしい。安堵の息を吐くと共に、上がってしまっている呼吸を落ちつけるべく歩調を緩める。
 しかし、その隣に並ぶもう一台の車を見て、楓の表情は強張った。既に見慣れてしまったそれは、虎徹の元バディ――――バーナビーのものだ。


 そう、虎徹は、ヒーローだった。大都会、シュテルンビルトで悪人と戦い、人々の平穏を守っていた。正義の壊し屋、ワイルドタイガーとして、相棒のバーナビーと共に。ずっと隠されていた、そして隠し通すつもりであっただろうその事実を楓が知ったのは、父がこの家に帰ってきてからしばらく経った頃だった。
 その日も、今日と同じようにこの車がこの位置に停まっていた。見たことのない車に戸惑う楓の前に、彼は現れた。楓さんですね、そう雑誌の誌面やテレビの画面越しに見てきた完璧な笑顔で彼は呼びかけた。
 正直、そのときの楓は混乱していた。目の前にいるのは、自身の憧れの人で、世間でも知らない人はいないだろう有名人、バーナビーだ。何故、そんな人がこんなところにいて、しかも自分の名前まで知っているのだろう。
 そんな疑問も、車の音を聞きつけた虎徹が玄関から姿を現したことで全て吹き飛んでしまった。彼の姿を見て呆然とした虎徹の表情は、バーナビーの来訪を予期していなかったことが見て取れた。バニー、微かな声で彼の相棒しか使わない愛称を父が呟く。その名を呼ばれたときにバーナビーが見せた、今にも泣き出しそうな表情、そして「ヒーロー」としての彼しか知らない楓が一度も見たことのない笑顔を、きっと楓は忘れることが出来ないだろう。
 その後、虎徹は楓を先に家に入れ、バーナビーと二人で話をしていた。厳しい顔をしていたから、もしかしたらこんなところにきたバーナビーを咎めていたのかもしれない。だが、話はどう決着がついたのか、最終的に虎徹は楓とバーナビーを引き合わせた。自分がヒーローをしていたこと、そしてバーナビーが相棒だったことを話してくれた。驚きはしたが、先程の二人の様子を見ていれば予想の範囲内だった。それ程に二人は近しいように見えたし、何よりバーナビーの虎徹に対する態度はそれ以外に説明出来ないように思えた。

 そしてそれ以来、バーナビーは度々虎徹の元を訪れるようになった。事前に連絡がある場合もあったし、今回のように突然のこともあった。その度に虎徹は困った顔をしていたが、彼を追い返したことは一度もない。頼られることが好きな父が、あんな笑顔を向けられてそんな真似出来る筈がない。そう楓は思っていたし、バーナビーもそれに気付いているようだった。
 彼が来てしまうと、どうしても虎徹を彼に取られてしまいがちになることだけは楓の悩みの種だった。以前より格段に増えたとはいえ、そう多くはない父と二人で過ごせる時間を奪われてしまうのはやはり不満だった。だが、バーナビーは一緒にいたがる楓を邪険に扱うことはなかったし、何より彼は楓にとっても憧れのヒーローだ。彼が来ると、どちらかといえば嬉しい気持ちの方が勝ったし、楽しかった。

 それが変わってしまったのは、いつだっただろうか。恐らく、ここだと言えるほどのきっかけなどなかった。きっと楓が気付かなかっただけで、彼は、バーナビーは最初からずっと同じ感情を抱き続けていたのだろうから。
 自分に向けられる笑顔が、父に対するものと違うことにはすぐに気付いた。だが、それは仕方ないだろうと、すぐに納得した。何だかんだ言っても楓はただの他人の一ファンで、虎徹は一緒に戦ってきたバディだ。同じ立場になれると思う方がおかしい。
 それでも、自分に向けられる優しさが、「虎徹の娘」という理由に由来するものだと気付いたときは、さすがに遣る瀬無い気持ちになった。バーナビーにとって、楓はあくまで虎徹に付随してくる存在であり、楓自身に興味など欠片も持っていなかった。気付いた瞬間は涙も出ない程にショックだった。もしかしたら、それは失恋に近い感情だったのかもしれない。

 そこからようやく立ち直って、バーナビーを「憧れのヒーロー」でなく「父の友人」として迎え入れられるようになった頃、その違和感に気付いた。
 視線が、冷たい。それはまだ幼く、周りに愛されて育ってきた楓が経験したことのない恐怖だった。向けられている表情は確かに笑っているのに、その瞳の奥だけが鋭く刺さってくる。
 虎徹は気付いていない。当然だ、バーナビーは虎徹にそんな視線を向けることはない。いつだって信頼に溢れた瞳で虎徹を必要としている。そんなバーナビーを初めて目の当たりにしたとき、自分と同じくらいの強さで虎徹を求める人間がいることに驚いたものだ。
 そこでようやく楓はバーナビーの視線の理由に思い至った。バーナビーは、自分と同じなのだ。かつて楓が、自分と虎徹を隔てていた「仕事」を憎んで、なくなってしまえばいいのにと思ったのと同じように。―――バーナビーも、彼と虎徹を隔てているものを憎んでいるのだ。


 がらがらと玄関の扉を開くと、そこには父のものと並んで思った通りのブーツがある。分かっている。その心中がどうあれ、彼は虎徹の為にも、楓を排除したりはしない。だから楓はいつも通りにこのままリビングに向かって二人に会えば良いのだ。なのにその足は動かない。
 扉が開く音で帰ってきているのは分かっているのにいつまでも現れない楓に焦れたのか、虎徹が廊下の先からやってきた。おかえり、そう向けられる笑顔は温かい。固まったままだった楓の足を溶かしてしまうほどだ。ただいまと返して靴を脱いで上がると、虎徹を追ってきたバーナビーも姿を現した。おかえりなさい、かけられる言葉もその表情も父と同じはずなのに、何故逆に自分の身体は凍りつくのか。同じようにただいま、と返すが、虎徹に対してのものと同じ笑顔を返せたとは思わない。


 ずっと、自分と父親を隔てているものは「仕事」なのだと、そう思っていた。だからこそ、それが言い訳のように感じて父親を詰ったこともある。
 でも、少なくとも最後の一年程は、違ったのかもしれない。「楓」という存在は「障害」として取り除かれていたのかもしれない。そして、今も、また。





(だって私は、こんなにも彼に憎まれている)





ハルカさんとした兎虎一択お題アミダより、「溺愛と狂愛 紙一重のバニたんにぞっとする第三者(虎徹さんは気付いてない)」でした。
………溺、愛……?(自問) ていうか第三者に楓ちゃんセレクトな自分にがっかりだ……!
いやすごく楽しかったけど! 楓ちゃんごめんなさい……。