二人はずっと幸せに暮らしました、だなんてお伽話。
 一目惚れで、相手のことをよく知りもしない癖に結婚なんかして。心変わりしたって、されたって、文句言えないだろ。

 ――― そう思っていた時期が、俺にもありました。
ハッピーエンドの向こう側
 「いいぜ。付き合ってやるよ」

 そう告げると、金髪碧眼、まるでお伽話から抜け出てきた王子様のような相棒は、その切れ長の目を丸くした。その呆然としたような表情は、俺にもあまり見せたことのない珍しいものだったが、そんな顔をしていても相変わらずこの男はハンサムだ。本当に、外面だけは何処までも王子様のような奴だ。
 だがその中身は違う。王子様のように振る舞うことだって出来るが、あくまでそれは何重にも猫を被っているだけだ。本質はわがままで口煩く、クールかと思えば直情的で、突然ぷっつんと切れてみせたりする。並み居るお姫様達だって、逃げ出してしまうかもしれない。
 いや、逃げてしまう原因は、こいつの、バーナビーの性格の所為だけじゃないだろう。シュテルンビルト中の女性の憧れであるこの相棒は、何を間違ったか、俺のような子持ちやもめの中年を好きだとか言い出したのだ。こっちが何度も、落ち着け、俺はおじさんだ、お前にはもっといい人が云々諭したところで、返ってくる言葉はいつも、僕はあなたが良いんです、好きです虎徹さん、ときたもんだ。一体、何がそこまで気に入ったんだか、俺にはさっぱり見当もつかない。

 別にバーナビーのことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。娘を差し置いて一番には出来ないが、俺にとって十分大切な人間の一人だ。自分が何かしてやることでこいつが笑ってくれて、幸せになってくれるなら、最大限その望みを叶えてやりたいとも思う。それでも、自分の現状やバーナビーの未来を考えれば、ここでその想いに応えるわけにはいかない。そう思った。
 だから、バーナビーが俺の事を好きだと言い出して一ヵ月、その間、俺はひたすら相棒から逃げ回っていた。その姿を見れば回れ右、そっちの方に会話が流れそうになれば即行で話題転換。恋愛感情ではないとはいえ、好意を持っている相手に対してそんな態度を取り続けることに罪の意識を感じていられたのも、最初の一週間だけだった。あのナイーブすぎる神経は何処へやら、拒絶にめげることなく俺を追い回すことに全精力を傾け続ける相棒は、正直ホラーだった。

 それにしても、何だってこんなにも頑張れるんだ。もはや溜息とばかり友情を深めていた俺は、そこで一つの仮説に辿り着いた。バーナビーは、確かに俺に対してどういう形かの好意を持っていたかもしれない。でも、もはやこれはただの意地なのではないか、と。
 そうだ、そこまでの執着じゃなかったものの、真っ向から拒絶された所為で悔しくなっただけじゃないのか。望むものが得られない子供と同じだ、手に入らないから余計に欲しく感じているだけだ。案外、手に入ればあっさりと飽きて、他に目を向けるかもしれない。

 そんな考えに至り、冒頭の台詞へと続いた訳だ。もちろん、肉体関係をもつ気はない。何度かデートらしきものをすれば、こいつの目も覚めるだろう。その程度の覚悟の言葉だ。
 一方の言葉を受けた方のバーナビーは、未だに放心状態だ。あれ、有り得ないほど喜ぶか上から目線の発言されるかのどっちかだと思っていたんだけど、間違ったかな。実は意地になり過ぎている自覚はあって、今更応えられても困るとか、そんなだったらどうするかな。いや、それなら何の問題もないのか。うん、ないない。

「………す、か」
「へ?」

 蚊の鳴くような、という表現がぴったりの音量で何かを呟いたバーナビーに思わず問い返す。やっと目が合ったかと思えば、落ち着かない様子で視線を彷徨わせ、ごくりと喉を鳴らす。……戸惑う、が正解だったか。
 それでも何かを決心した様子で改めてこちらに向き直ると、もう一度バーナビーは口を開いた。

「今の言葉、本当ですか。僕は、恋愛感情としてあなたを好きで、あなたに恋人になって欲しい。そういう意味での"付き合って下さい"ですよ」

 そんな今更な発言に今度は俺が目を丸くする。あれだけあからさまな好意をぶつけておいて、今になって何を弱気になってるんだ。まぁあれだけ逃げ回っていた俺が突然折れたんだから、そう疑うのも当然か。
 に、と口端を持ち上げて不敵な表情を作ると、自分より少し背の高い相手の顔を下から覗き込むようにして笑ってやる。

「おうよ。しっかり分かった上で付き合ってやる、って言ってんだよ、バニーちゃん」

 そう告げると、目の前の端正な顔が泣きそうに歪められて。え、と思う間もなく、その腕の中に抱き込まれる。ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱き締められて息苦しい。
 でも、それについて文句を言えなかったのは、決して呼吸が儘ならないからじゃない。先程見た表情と、それを隠すように縋りついてくる腕が微かに震えていた所為だ。
 それに気付いて、どうしようもなくこの不器用な相棒を抱き締めてやりたくなった。でもその感情の出所が分からない俺にはそんな資格はない気がしてしまって、どうにか上げた右腕でその背中を優しく叩いてやることしか出来なかった。



 ふ、と未だ重い瞼を押し上げると、視界に入るのは暗闇に染まった天井だった。自宅ではない、でも見慣れてしまっているそれは、バーナビーの家の天井だ。ぼんやりとした頭のまま身動ぎすると、後ろから俺の腰に回されている腕に引き寄せられる。肩越しに振り返れば、そこには気持ち良さそうに眠る相棒の姿がある。
 どうやら、懐かしい夢を見たようだ。今からちょうど一年前、俺とバーナビーが付き合った日の夢だ。

 あの頃の俺は、バーナビーの想いは勘違いだと思っていた。親愛の情を取り違えているだけだと思っていた。だから本気で応えてはいけないと判断したし、自分が抱えている感情だってただの父性愛とか相棒愛とかだと思っていたんだ。きっとすぐに心変わりする、それまで付き合ってやろう、それだけだった。
 でも、逃げ続けていた俺を捕まえたときのバーナビーの表情、それが全てだった。どれだけ俺が拒否しても追いかけ続けたのは、それだけバーナビーが必死だったからだ。本気だったからだ。
 手に入れてしまえばすぐにでも俺から離れていくと思っていた相棒は、あれから一年経った今も此処にいる。"一周年のお祝い"とか称した豪華なディナーをセッティングしては幸せそうに笑っている。相変わらず俺のことを好きだと言い、大切そうに抱き締めてくる。

 そう、心変わりしてしまったのは俺の方だ。そんなつもりはなかったのに、いつの間にか恋人としてバーナビーの隣にいることが自然になってしまった。絶対ないと思っていた体の関係までもってしまった。何より、こいつを愛しいと、離れ難いと思うように変わってしまったのだ。
 もうバーナビーを手放すことなんて考えられない。王子様にお似合いの綺麗なお姫様が現れたって、譲ることなんて出来ないんだ。それが俺の中での確かな答えになった。
 一途な王子様は、お姫様じゃなくて中年のおじさんを選んだ。全く釣り合ってない二人でも、ハッピーエンドを迎えたんだ。なら、結末はお約束通りに"ずっと幸せに暮らしました"に決まってる。
 一年前には信じられなかったその言葉を、今なら信じられる。だから、きっと大丈夫。ずっとこのままで。

 戒められた腕の中で可能な限りそっと身体を反転させると、滑らかな白磁の肌が視界に入る。その温もりを離さないように、自分の腕と足を相手に絡めて瞼を再び下ろした。
 きっと次に目を開くときには、朝の光の中、相棒が優しい笑顔と甘い言葉で迎えてくれる筈だ。





(エンドロールの先も、ずっと君と一緒に)





リハビリ的に短いのを書こうと思っていた筈なのに、いつも通りだらだらと長くなりました。てへっ。
へたれハンサム×ずるいおじさんとか凄く良いよねっていう思いだけで書き殴ったら、何だか薄暗くなりました。通常運転です。
おかしいな、恥ずかしい話にしようと思っていたんだけど、な……。タイトルにしか恥ずかしさを感じない……。 いつか甘ったるいだけの話を書きたいものです……。