「最近、あんたたち一緒にいないのね」
不意に零された一言。きっと口にした彼女に他意はなく、ただ彼女が見たままの事実を口にしただけだ。実際、その通りだ。彼と―――虎徹さんと僕は、最近顔を合わせることがほとんどない。だから、それはただの事実だ。ただそれだけだった、のに。
……僕は、気付いてしまった。
僕は、虎徹さんに避けられている。
僕の今日のスケジュールは、取材の後そのままトレーニングをして直帰となっている。虎徹さんが僕を避けていたとしても、安心して書類と格闘しているだろう。
そう、避けていたとしても。
ブルーローズさんに言われるまで、その可能性は全く僕の頭になかった。バディなのに相手の顔をほとんど見ない生活をここしばらくしていたのは確かだが、それは仕事がぎっしりと詰まっていたからだ。プライベートで虎徹さんと一緒に過ごすこともなくなっていたが、それもただ忙しすぎて上手くタイミングが合わないだけなのだと。少なくとも、僕はそう思っていた。
たまに二人一緒に受ける取材時やヒーローとしての出動時に会う虎徹さんは、今までと何も変わらなかったから。いつもと同じように僕をバニーと呼び、笑ってくれていたから。だから、避けられているかもなんて考えもしなかった。
でも、気付いてしまった。もうずっと、虎徹さんから連絡がないことに。
今までなら、忙しくてもメールをくれていた。無理そうだと分かっていても食事に誘ってくれていたし、月が綺麗だとかのささやかな報告をくれたこともあった。それを見て僕も他愛のないメールを返していた、のに。
ここ最近、虎徹さんからメールは全くと言っていいほど来ていなかった。来たのはたった一度、僕からの食事の誘いを断る返事だけだった。それだって、娘さんとの約束がある、と申し訳なさそうに謝る文面だったから、それが本当かどうかなんて疑いもしなかった。虎徹さんが僕を避けるなんてこと、その可能性すら考えもしていなかったんだ。
何と表現したらいいのか解らない感情が自分の中に燻っている。それをぶつける先を探して、辿り着いたドアを勢い良く開けば、大きな音に驚いて振り向いた虎徹さんと目が合った。
その琥珀色の瞳が僕を捉えて大きく見開かれて―――一瞬、眇められる。しかしそれはすぐに打ち消され、代わりに模られた表情は、笑顔。
「びっくりしたなぁ。何だ、どうした、バニー」
そこに在るのは、いつもの笑顔。かけられたのは、いつもの言葉。それなのに、冷水を浴びせかけられたような気持ちになった。胸の内で渦巻いていたものが急速に萎んでいき、残されたものは虎徹さんに突き放されたという絶望だけ。
あぁ、僕は何を言う気だったのだろう。あなたは僕を避けているんですか、とでも訊く気だったのか。それを肯定されたらどうする気だったんだ。
いや、もう訊くまでもなくなってしまった。さっき一瞬見せた表情が何よりの答えだ。僕が気付いていなかっただけで、虎徹さんはいつもあの表情を笑顔の下に隠していたのだろうか。僕を遠ざけたいと、思っていたのだろうか。
知らず泣きそうになり、必死にそれを堪える。
これ以上虎徹さんに疎まれたくない。迷惑をかけるようなことはしてはいけない。もう手遅れかもしれないけれど、嫌われたくない一心で、震えそうになる呼吸を飲み込む。
ぐっと唇を噛み締めた僕の頭に、ぽん、と軽い衝撃が伝わった。はっとして顔を上げれば、そこには困ったように笑う虎徹さんがいる。そこには嫌悪の感情は見当たらなくて、頭を撫でてくる手が優しくて、堪え切れなくなった涙が零れだした。
きっと虎徹さんには、今僕が何を考えているかなんて全て分かっている。なのにその考えを否定しないのは、それが真実だからだ。僕を嫌っている訳じゃない、けれど避けているのは本当なのだ。
「なに、が、駄目でした、か。僕は、なにを間違え、たんで、すか」
押し殺した嗚咽の合間にどうにか紡いだ僕の問いに、虎徹さんが泣き出しそうな表情をした。訊いてはいけなかったのだろうか。優しいこの人は、僕には言い難い思いを抱えていたのかもしれない。後悔してみても、今更だけれど。
でも虎徹さんはやっぱり優しい声音のまま、僕に言う。
「違うよ、お前は何も悪くない。駄目なのも間違えたのも、全部俺なんだ」
その言葉に頭をふるふると振る。虎徹さんが何を言っているのか、僕には分からない。分かりたくない。そこから導き出される結論が虎徹さんと僕を隔てるものなら、それがどれだけ正しくとも意味なんてないのだ。
何を間違えていても、誰に咎められようとも、虎徹さんの傍にいれることが僕にとって唯一の正解なのだから。
「僕は、こんなの、嫌です。あなたといられなく、なるのは、嫌、です。ずっと、一緒にいたいん、です」
どうにか引き留めたいのに、僕の口から零れるのは駄々を捏ねる子供のような言葉ばかりだ。違うのに、そうじゃなくて、僕は、僕はただ、あなたが、あなたと、
「大丈夫、俺はずっとお前の相棒でいるから」
混乱した僕の思考を止めたのは、僕との間に壁を作った虎徹さんの声音だった。まるで、それしか一緒にいる手段はないのだと決めてしまったかのような、壊し難い堅さをもった響きが鼓膜を震わせる。
それを打ち壊すだけの理由も手段も持たない僕には、もうどうすることもできないのだと、突き付けられたのだ。その答えを見つけない限り、その壁に辿り着くことすら出来ない。
僕たち二人を何より近付けていた筈の「相棒」という関係性が、今僕たち二人を何より遠ざけ始めている。
その事実が、悲しいほどに悔しかった。
(あなたが側に居てくれるのなら、その関係がどんな名前でも構わないのに)
不意に零された一言。きっと口にした彼女に他意はなく、ただ彼女が見たままの事実を口にしただけだ。実際、その通りだ。彼と―――虎徹さんと僕は、最近顔を合わせることがほとんどない。だから、それはただの事実だ。ただそれだけだった、のに。
……僕は、気付いてしまった。
僕は、虎徹さんに避けられている。
擦れ違うばかりの言の葉は
トレーニングセンターを飛び出した僕は、足早にアポロンメディアのヒーロー事業部へと向かう。まだ勤務時間内なのだ。取材などの仕事が虎徹さんに入っているという話は聞いていない。トレーニングをしていないのならば、オフィスで事務仕事をしている筈だ。僕の今日のスケジュールは、取材の後そのままトレーニングをして直帰となっている。虎徹さんが僕を避けていたとしても、安心して書類と格闘しているだろう。
そう、避けていたとしても。
ブルーローズさんに言われるまで、その可能性は全く僕の頭になかった。バディなのに相手の顔をほとんど見ない生活をここしばらくしていたのは確かだが、それは仕事がぎっしりと詰まっていたからだ。プライベートで虎徹さんと一緒に過ごすこともなくなっていたが、それもただ忙しすぎて上手くタイミングが合わないだけなのだと。少なくとも、僕はそう思っていた。
たまに二人一緒に受ける取材時やヒーローとしての出動時に会う虎徹さんは、今までと何も変わらなかったから。いつもと同じように僕をバニーと呼び、笑ってくれていたから。だから、避けられているかもなんて考えもしなかった。
でも、気付いてしまった。もうずっと、虎徹さんから連絡がないことに。
今までなら、忙しくてもメールをくれていた。無理そうだと分かっていても食事に誘ってくれていたし、月が綺麗だとかのささやかな報告をくれたこともあった。それを見て僕も他愛のないメールを返していた、のに。
ここ最近、虎徹さんからメールは全くと言っていいほど来ていなかった。来たのはたった一度、僕からの食事の誘いを断る返事だけだった。それだって、娘さんとの約束がある、と申し訳なさそうに謝る文面だったから、それが本当かどうかなんて疑いもしなかった。虎徹さんが僕を避けるなんてこと、その可能性すら考えもしていなかったんだ。
何と表現したらいいのか解らない感情が自分の中に燻っている。それをぶつける先を探して、辿り着いたドアを勢い良く開けば、大きな音に驚いて振り向いた虎徹さんと目が合った。
その琥珀色の瞳が僕を捉えて大きく見開かれて―――一瞬、眇められる。しかしそれはすぐに打ち消され、代わりに模られた表情は、笑顔。
「びっくりしたなぁ。何だ、どうした、バニー」
そこに在るのは、いつもの笑顔。かけられたのは、いつもの言葉。それなのに、冷水を浴びせかけられたような気持ちになった。胸の内で渦巻いていたものが急速に萎んでいき、残されたものは虎徹さんに突き放されたという絶望だけ。
あぁ、僕は何を言う気だったのだろう。あなたは僕を避けているんですか、とでも訊く気だったのか。それを肯定されたらどうする気だったんだ。
いや、もう訊くまでもなくなってしまった。さっき一瞬見せた表情が何よりの答えだ。僕が気付いていなかっただけで、虎徹さんはいつもあの表情を笑顔の下に隠していたのだろうか。僕を遠ざけたいと、思っていたのだろうか。
知らず泣きそうになり、必死にそれを堪える。
これ以上虎徹さんに疎まれたくない。迷惑をかけるようなことはしてはいけない。もう手遅れかもしれないけれど、嫌われたくない一心で、震えそうになる呼吸を飲み込む。
ぐっと唇を噛み締めた僕の頭に、ぽん、と軽い衝撃が伝わった。はっとして顔を上げれば、そこには困ったように笑う虎徹さんがいる。そこには嫌悪の感情は見当たらなくて、頭を撫でてくる手が優しくて、堪え切れなくなった涙が零れだした。
きっと虎徹さんには、今僕が何を考えているかなんて全て分かっている。なのにその考えを否定しないのは、それが真実だからだ。僕を嫌っている訳じゃない、けれど避けているのは本当なのだ。
「なに、が、駄目でした、か。僕は、なにを間違え、たんで、すか」
押し殺した嗚咽の合間にどうにか紡いだ僕の問いに、虎徹さんが泣き出しそうな表情をした。訊いてはいけなかったのだろうか。優しいこの人は、僕には言い難い思いを抱えていたのかもしれない。後悔してみても、今更だけれど。
でも虎徹さんはやっぱり優しい声音のまま、僕に言う。
「違うよ、お前は何も悪くない。駄目なのも間違えたのも、全部俺なんだ」
その言葉に頭をふるふると振る。虎徹さんが何を言っているのか、僕には分からない。分かりたくない。そこから導き出される結論が虎徹さんと僕を隔てるものなら、それがどれだけ正しくとも意味なんてないのだ。
何を間違えていても、誰に咎められようとも、虎徹さんの傍にいれることが僕にとって唯一の正解なのだから。
「僕は、こんなの、嫌です。あなたといられなく、なるのは、嫌、です。ずっと、一緒にいたいん、です」
どうにか引き留めたいのに、僕の口から零れるのは駄々を捏ねる子供のような言葉ばかりだ。違うのに、そうじゃなくて、僕は、僕はただ、あなたが、あなたと、
「大丈夫、俺はずっとお前の相棒でいるから」
混乱した僕の思考を止めたのは、僕との間に壁を作った虎徹さんの声音だった。まるで、それしか一緒にいる手段はないのだと決めてしまったかのような、壊し難い堅さをもった響きが鼓膜を震わせる。
それを打ち壊すだけの理由も手段も持たない僕には、もうどうすることもできないのだと、突き付けられたのだ。その答えを見つけない限り、その壁に辿り着くことすら出来ない。
僕たち二人を何より近付けていた筈の「相棒」という関係性が、今僕たち二人を何より遠ざけ始めている。
その事実が、悲しいほどに悔しかった。
(あなたが側に居てくれるのなら、その関係がどんな名前でも構わないのに)
続き物が詰まってしまったので、類似設定デレバ二話。恋心を自覚してしまって、上手くそれを押し殺せるように距離を取ろうとした虎徹さんとそれに気付いて不安定になったデレバニ(恋心無自覚)です。
なんだか情緒不安定にも程がある気がしますが、空白の10ヵ月ならこれくらいのデレバニがいても不思議じゃない気がするんだ!と言い聞かせてみる。取り敢えず、事務のおばちゃんは何かの用事で席を外していたのだということにしておいて下さい(忘れてた)。
なんだか情緒不安定にも程がある気がしますが、空白の10ヵ月ならこれくらいのデレバニがいても不思議じゃない気がするんだ!と言い聞かせてみる。取り敢えず、事務のおばちゃんは何かの用事で席を外していたのだということにしておいて下さい(忘れてた)。