いつだって、それはたった一瞬ですべてを攫っていくのだ。
雨上がり模様
 ぱしゃり、ぱしゃり。

 雨が止んだばかりの少しぬかるんだ道には、多数の水溜りがそこかしこに点在している。その表面は向かい合った青空を鏡のように映し出していて、久方ぶりの日差しに煌めいていた。
 その光景を綺麗だと思う一方で、市はそこに存在している完全な調和を壊してしまいたい衝動にも駆られる。それは子供のような無邪気な残酷さで、だからこそ抗うことなくその穏やかな水面に足を踏み入れて揺らす。小さな音と共に歪んだ空と雲は、たった数瞬待つだけで元通りの静寂を取り戻した。
 揺るぐことのないそれに、目元が柔らかく緩む。変わらない、壊されないもの。それは市に安心をもたらす。己が触れても大丈夫なものなのだと、触れることを躊躇わなくていいものなのだと主張してくれているようで、自然と笑みが零れる。

 ぱしゃり、ぱしゃり。

 跳ねた水で着物を濡らさないよう細心の注意を払いながら、でも足は水溜りへと引き寄せられていく。
 あちらこちらと次々と鏡面を揺らす。それはどれも同じように歪み、また戻る。ただそれだけのことがとても嬉しい。
 普段、城どころか自室からすらほとんど出ることのない自分が、何のために外に出たのか。それすら忘れてしまうほどに。

 ぱしゃり、ぱしゃり。

 飽くことなく水溜まりを探し続ける。地面だけを見つめ続ける市は、その行為に夢中になるあまり、周囲に気を配ることを怠った。だから人影が近付いていることに気付かない。
 少しずつ二人の距離は縮まり、市は水面に空と雲以外の黒が映り込んだことでその存在に気付くが―――

 ばしゃり。

 それは些かに遅かったようで、二人の身体は正面からぶつかり、その勢いで足元の水は泥を含んで一際大きく弾けた。
 倒れ込んだ自分を抱き抱えるようにしているその人の顔を確認しようと視線を上げれば、驚いたような不機嫌なような表情の長政がいた。
 数日ぶりに会う夫の姿に、やっと市は己の外出目的を思い出す。そうだ、自分はこの目の前の人を探しに来たのだ。
 領内の視察に出たまま豪雨に見舞われ、城に戻ることが出来ないでいた長政。その雨雲も、今朝にようやく切れ間を覗かせた。もしかしたら今日帰ってくるかもと思えば、じっとただ待つことなど出来ず、城を抜け出してきたのだ。
 自分がここにいる理由を長政に説明しようと市は口を開きかけるが、押し黙ったままの長政に気付いて言葉を飲み込む。

 怒らせて、しまったのだろうか。

 勝手に外に出たことか、それとも自分などが迎えに行こうなどとしたことだろうか。何が彼の気に障ってしまったのだろう。
 嫌われたくない唯一の人なのに、自分の行動はいつも空回りばかりだ。
 不安から俯く視界に、互いの足元が映る。自分だけでなく、長政の着物の裾にも泥が付いているのを見つけ、じわりと涙が滲む。

 ごめん、なさい。

 何に対してでもなく、市は謝罪を口にした。敢えて言うなら全ての事柄について。
 嫌いにならないで、そばにいさせて、そんな想いが溢れてしまった震える声音で小さく零す謝罪。それに長政は微かに息を吐く。その反応にびくりと市は身体を震わせる。
 怯えるように身体を縮ませる市だが、予想に反してそっと与えられた温もりにゆっくりと顔を上げる。

 下ばかり向いて歩くな。

 転んで怪我でもしたらどうする、そう続けられた言葉と共に頭に乗せられていた大きな手のひらは離れ、長政は市の横を通り過ぎて城へと足を進める。
 反射的に振り返った市は、弾かれたようにその姿を追いかけて駆け出す。今度は地面ではなく、その背を見つめながら。
 その表情は、先程までよりももっと穏やかで柔らかなものだった。





いっちゃいちゃなのが書きたくなったっていうか……うん、すみませ……!!
長政の供の人たちはきっと気を利かせて先に城に戻ってるんだとと思うよ!