それは、現のような、夢のような。
嘘に隠した、誰にも見せることのなかった弱さだったのだろうか。
その報が政宗に伝えられたのは夕刻、もう日も落ちかけた時刻だった。
どうにかして一言、そうか、と告げると報告にきた者を下がらせる。その途端静まり返る室内に、先程まで政務を共にしていた小十郎も席を外していることに気付いた。
気の利き過ぎる家臣と、その退出に全く気付けない程動揺している自身に軽く舌打つ。何という様だろう。
もうはや政務の続きをする気には到底ならず、ゆっくりと立ち上がると、落ちる夕日に誘われるように欄干に手をかけた。
広がる景色を見ながら少しづつ詰めていた息を吐き出す。それを何度か繰り返し、どうにかまともに呼吸が出来るようになった。
「……そうか………逝ったのか……」
自身の宿敵だった男。幸村が唐突に政宗を訪ねてきたのは、数日前のことだった。
彼の用件は聞かずとも分かっていた。もうすぐ、この男は負けが決まっている戦へと赴く。それは幸村自身が彼の誇りをかけて選んだ道であり、それに政宗は異議を唱える気はなかった。ただ一つ、心残りがあるとすれば、この男との決着が曖昧なまま終わってしまうことだけだった。
それは幸村も同じだったのだろう。こうやって忍ぶようにやってきて、穏やかな表情で愛槍を手にした。それに満足気な表情を見せた政宗も刃を手にし、向き合い、そして。
結果から言えば、二人の決着はつかなかった。どちらも相手に致命傷を与える前に体力の方が限界に来たのだ。
それでも二人の気分は晴れやかだった。最後に充分に仕合えたのだ。決着などもう良かった。
だからこれが今生の別れとなることをお互い知っていたが、何も言わなかった。それで良かった。
だから、幸村の討死の報も、心穏やかとはいかなかったが、それでも受け入れられた。宿敵を失った空虚は如何ともしがたかったが、納得出来た。あの男は望む道を行けたのだと。
だから、政宗を動揺させたのは幸村のことではなかった。常に彼に付き従っていた男のことだった。
政宗と彼は想いを伝えあったことはなかったが、何度となく熱を交わし合った仲だった。その根底にある感情は恋情というには暗く、依存というには互いの距離が遠過ぎた。
いうなれば、彼―――佐助と政宗は、抱える弱さが似ていたのだろうと思う。だからこそ惹かれあった。
そして、だからこそ、共に生きることは出来なかった。
彼が主君と共に出陣する前夜、彼は政宗の元を訪れた。いつもと同じ表情で、いつもと同じような態度で、いつもと同じように政宗に触れた。
そして眠りに落ちそうな政宗を抱いて、彼は言った。
あんたと一緒に、死んであげようか。
それは戯言にもならない、ただの嘘だった。
佐助が政宗となど死んでくれる訳はない。佐助の命は主と共にある。その言葉が叶えられるとしたら、二人が刃を交えた結果が相討ちだったときだけだろう。
それでも、それは抗い難い魅力を以て政宗に囁かれる。共に生きれない、ならば、と。叶うことはない、それは真の望みではない、そんな葛藤すらも越えて政宗を揺さぶる。
どうせこれは夢なのだ、夜だけに交わされる睦言なのだ、ならば闇に甘えて縋ってしまっても良いじゃないか。
小さく頷いた政宗に、佐助が吐息だけで笑ったような気がした。
そして目覚めたときには、もうその姿も温もりもなかったのだ。それこそ、いつものように。
そして届いた訃報。忍である佐助の生死など、その場にいない政宗には知りようがない。武人である幸村の死と違い、わざわざ他国まで届けられるような内容ではない。
だが、幸村の死、その事実だけで佐助の死を知るには充分だ。あの男が主君を失って生きれる筈がない。きっと最期まで幸村に付き従い、その盾となって死んでいったのだろう。
そう確信している癖に、もしかしたら、と考えてしまうのは、知らせに動揺してしまったのは、あの言葉を何処かで信じていたからなのだろうか。
政宗が生きているのに、佐助が死んでしまう筈はない、と。
あの男の残した、夢でしかない嘘を、信じているのだろうか。
どちらにせよ、政宗に出来ることはない。調べさせれば佐助のことも分かるかもしれないが、そんな暇はない。生きている政宗には、やらねばならないことが沢山ある。
だから、もう。
びゅう、と一際強い風が吹いて、思わず目を細める。
振り返った室内は変わらず一人きりで、静まり返っていた。
嘘に隠した、誰にも見せることのなかった弱さだったのだろうか。
残夢
真田幸村、討死。その報が政宗に伝えられたのは夕刻、もう日も落ちかけた時刻だった。
どうにかして一言、そうか、と告げると報告にきた者を下がらせる。その途端静まり返る室内に、先程まで政務を共にしていた小十郎も席を外していることに気付いた。
気の利き過ぎる家臣と、その退出に全く気付けない程動揺している自身に軽く舌打つ。何という様だろう。
もうはや政務の続きをする気には到底ならず、ゆっくりと立ち上がると、落ちる夕日に誘われるように欄干に手をかけた。
広がる景色を見ながら少しづつ詰めていた息を吐き出す。それを何度か繰り返し、どうにかまともに呼吸が出来るようになった。
「……そうか………逝ったのか……」
自身の宿敵だった男。幸村が唐突に政宗を訪ねてきたのは、数日前のことだった。
彼の用件は聞かずとも分かっていた。もうすぐ、この男は負けが決まっている戦へと赴く。それは幸村自身が彼の誇りをかけて選んだ道であり、それに政宗は異議を唱える気はなかった。ただ一つ、心残りがあるとすれば、この男との決着が曖昧なまま終わってしまうことだけだった。
それは幸村も同じだったのだろう。こうやって忍ぶようにやってきて、穏やかな表情で愛槍を手にした。それに満足気な表情を見せた政宗も刃を手にし、向き合い、そして。
結果から言えば、二人の決着はつかなかった。どちらも相手に致命傷を与える前に体力の方が限界に来たのだ。
それでも二人の気分は晴れやかだった。最後に充分に仕合えたのだ。決着などもう良かった。
だからこれが今生の別れとなることをお互い知っていたが、何も言わなかった。それで良かった。
だから、幸村の討死の報も、心穏やかとはいかなかったが、それでも受け入れられた。宿敵を失った空虚は如何ともしがたかったが、納得出来た。あの男は望む道を行けたのだと。
だから、政宗を動揺させたのは幸村のことではなかった。常に彼に付き従っていた男のことだった。
政宗と彼は想いを伝えあったことはなかったが、何度となく熱を交わし合った仲だった。その根底にある感情は恋情というには暗く、依存というには互いの距離が遠過ぎた。
いうなれば、彼―――佐助と政宗は、抱える弱さが似ていたのだろうと思う。だからこそ惹かれあった。
そして、だからこそ、共に生きることは出来なかった。
彼が主君と共に出陣する前夜、彼は政宗の元を訪れた。いつもと同じ表情で、いつもと同じような態度で、いつもと同じように政宗に触れた。
そして眠りに落ちそうな政宗を抱いて、彼は言った。
あんたと一緒に、死んであげようか。
それは戯言にもならない、ただの嘘だった。
佐助が政宗となど死んでくれる訳はない。佐助の命は主と共にある。その言葉が叶えられるとしたら、二人が刃を交えた結果が相討ちだったときだけだろう。
それでも、それは抗い難い魅力を以て政宗に囁かれる。共に生きれない、ならば、と。叶うことはない、それは真の望みではない、そんな葛藤すらも越えて政宗を揺さぶる。
どうせこれは夢なのだ、夜だけに交わされる睦言なのだ、ならば闇に甘えて縋ってしまっても良いじゃないか。
小さく頷いた政宗に、佐助が吐息だけで笑ったような気がした。
そして目覚めたときには、もうその姿も温もりもなかったのだ。それこそ、いつものように。
そして届いた訃報。忍である佐助の生死など、その場にいない政宗には知りようがない。武人である幸村の死と違い、わざわざ他国まで届けられるような内容ではない。
だが、幸村の死、その事実だけで佐助の死を知るには充分だ。あの男が主君を失って生きれる筈がない。きっと最期まで幸村に付き従い、その盾となって死んでいったのだろう。
そう確信している癖に、もしかしたら、と考えてしまうのは、知らせに動揺してしまったのは、あの言葉を何処かで信じていたからなのだろうか。
政宗が生きているのに、佐助が死んでしまう筈はない、と。
あの男の残した、夢でしかない嘘を、信じているのだろうか。
どちらにせよ、政宗に出来ることはない。調べさせれば佐助のことも分かるかもしれないが、そんな暇はない。生きている政宗には、やらねばならないことが沢山ある。
だから、もう。
びゅう、と一際強い風が吹いて、思わず目を細める。
振り返った室内は変わらず一人きりで、静まり返っていた。
微妙な死にネタ……。むしろ記憶喪失佐助生存ネタとか妄想したんですが纏まりようがなかったよ!(何)
政宗さまと幸村はただのライバルですよ、うん。
政宗さまと幸村はただのライバルですよ、うん。