凛とした表情とは裏腹に。その背は今にも崩れ落ちそうで。脆く、壊れてしまいそうで。
……いっそ泣いてしまえばいいのに、と思った。
彼岸の淵
 子供が、死んだ。見ず知らずの、恐らく農民の子供。
 それ自体は今のこのご時世、大して珍しいことじゃない。いつだってそこかしこで人は死んでいる。子供だって例外じゃない。

 ただ、その子供は。
 何故か戦場で、そして旦那の目の前で ―――― 殺されたのだ。

 何故そんな所にいたのかなんてことは分からない。敵武将の名を叫んでいたようだから、もしかしたら誰かの仇だったのかもしれない。
 一人、その武将の下に突っ込んでいって。旦那が庇う間もなく切り殺された。


 そして今。旦那は、その小さな体が埋められている土山の前に立っている。……いや、立ち尽くしていると言うべきか。その場から動くことが出来ないのだ。
 目の前で子供が死んだことに対する、自責と後悔の念が身体に纏わりついているのだろう。守れなかった自分を責めているのだろう。
 俺からすれば、後悔だって同情だってすることはないと思う。理由は知らないにせよ、これはあの子供が自分で選んで決めたことだろう。それを果たせなかったことに憐れみを感じはしても、その死について他人が判じる必要はない。ただ事実として受け止めるだけだ。
 自分は、もし事前にあの子供のことを知っていたとしても、何もしなかっただろうと思うから。止めることも、諌めることも、助けることもしなかったに違いない。

 我ながら冷め切った思考に、思わず自嘲の笑みを浮かべる。これが目の前の主のことだったら、どんな手段を用いてもその命を散らさせはしないだろうに。相当この主に毒されたと思っていたが ―――― やはり、自分はどこまでも"忍"らしい。主のことにのみ意識を向け、主のためにのみ行動する。
 今だって、自分の思考を占めるのは、死んだ子供ではなく主のことばかり。子供を悼む余り、自分が崩れそうになっている優しすぎる人。


「旦那」


 呼びかけても微動だにしない。聞こえていない訳はないのに。振り返ることさえしない。
 でも、もうその背中を見ていられなくて、その隣に静かに立つ。ちら、と横目で窺った横顔はやっぱり涙に濡れてなんかいなくて、真っ直ぐ土山を見ていた。

 いっそ泣いてしまえばいいのに。泣いて泣いて、その感情を吐き出してしまえばいいのに。
 そうしたら、楽になるのに。

 でも、そうさせないようにしたのは自分だ。
 あんなに甘えん坊で泣き虫だった旦那は、昌幸様の死後人前で泣くことはなくなった。それは俺が、真田の名を継ぐ者としての責を問い、背負わせたから。
 あのとき、それが必要だった。真田の家を守るために必要だった。だから、そうした。
 それが間違っていたとは思わないし、後悔だってしていない。やり直せたって同じことをする。
 真田の、……旦那のために。


 でも、こんなとき。何もしてやれない自分が歯痒くて堪らない。泣けばいい、と。そう言えればいいのに。泣ける場所を奪った自分がそれを口にすることは出来なくて。
 だから、ただ黙ったまま、その頭を自身の方へと抱き寄せる。

 ぽつり、と落ちてきた水が旦那の頬を伝った。
 それはもちろん涙なんかじゃなく。


「………雨…」


 一滴二滴と落ちてきていた雨は、瞬く間に煙るように降り出した。
 世界と、感覚が遮断される。他に何も存在しないような情景。


「………俺は、無力だな」


 ぽつりと零れた呟き。何の感情も含んでいないそれ。

 ぐい、とその身体を雨から庇うように抱き込む。
 肩が微かに震えていたが、見ない振りをした。


 あぁ、あぁ、どうか。
 少しだけ、この雨が続きますように。
 優しいこの人がこの感情を昇華出来るまで、静かに降り続きますように。
 そして、どうか。
 すぐに、またあの抜けるような青空になりますように。





………何だこの薄暗い話(本当に)。
家を支えるために無理に大人にならざるを得なくて、そのために失ったものというかなんというか(意味不明)。