選んだのだ。
自分の全てをかける人として、生涯唯一の主として、自分の命を捧げる人として、この人を。
その判断を間違っていたなどと悔いるつもりは、欠片もないのだ。
一瞬の間を置いて男の首が落ち、その血が畳を汚した。
詰めていた息を細く吐き出し、佐助は闇から姿を現した。
無造作に転がっていた首を掴み上げ、それが標的の人物であることを改めて確認する。間違いがないことが知れると、先程とは違い、丁寧にその首を拾い上げた場所に戻した。
恨みはない。個人的にこの男を憎む理由などないし、ましてや佐助はあの織田家に仕える武将のような殺人狂でもない。
だというのに、戦場でもないこの場所で血に塗れている理由はただ一つ。
「……悪いが、仕事なんでね」
ぽつりと、骸に向かって無感情に呟く。
そう、"これ"が忍の仕事だ。
自分が潜んでいた痕跡を全て消し、もう一度確認するようにぐるりと見渡す。
もはや何も映してはいない男の目を視界の端に捕らえたが、佐助は僅かに目を細めただけで視線を逸らし、その身を再び夜の闇に溶け込ませた。
気配を絶ち、闇の一部となって夜の闇を駆ける。暗いばかりで向かう方向の指針となるものは何も見えないが、忍として訓練された身体には何の支障もない。迷うことなく目指す方向へと進んでいく。
追手がかかっている気配はない。未だ誰にも見つかることなく、あの骸は血溜まりに転がっているのだろうか。
周囲の警戒を怠ることはないが、闇に覆われた変わりのない景色が続くと、どうしても意識の片隅が散漫として取り留めもない思考に捕らわれる。不意に男の白く濁った眼を思い出してしまい、佐助は心の中だけで毒づく。
何を今更。今まで何度も繰り返してきた行為ではないか。
自分は忍だ。主の御為にこの手を、この身を汚すために存在しているのだ。そしてそれを実行しただけだ。
そうだ、自分は選んで此処にいるのだ、と繰り返す。
人が死ぬのを見るのは好きじゃないし、血の臭いも嫌いだ。あの肉を抉る感触も、全て佐助が厭うものだ。そして、本当に、本当に忍であることをやめたいと思うのならば、逃げることだって出来る。仮にも忍の頭をやっている佐助には、その程度の芸当は当然出来る。
いや、そんなことをしなくても。佐助が抜けたいといったら、それが心からの言葉なら、きっと主である幸村もその主君である信玄も何も言わないだろう。きっと黙って行かせてくれる。
でも、佐助は此処にいる。まだ忍として、こうやって手を血に染めている。
守るべき人のために、他の誰かを殺している。
「……放っておけないんだもんなあ」
見慣れた上田の地に辿り着いたことを確認し、駆ける速度を緩める。大した距離を行くこともなく森が途切れ、開けた空に細い月が覗いた。
何処で見ても同じ筈の月が、どうしようもなく綺麗に映る。それは、この地が大切なあの人の守る地だからだろうか。
「まぁ、遅過ぎたってこと、か」
死なせたくないのだ。あの人だけは、絶対に。
忍には分不相応な想いだと自覚しながらも、佐助はこの想いを捨てられない。この想いがあるからこそ、佐助はこの地に帰ってくるのだから。
そう、此処にある全てを捨てるには、この地から背を向けて逃げ出すには、――― あまりに大事なものが出来過ぎた。
「……選んだだけ、さ」
未だ脳裏を過ぎるあの男と、帰りを待ってくれているだろう彼とを、秤にかけて。
そして唯一の主を選んだその選択を、後悔することも、間違っていただなどと思うことも佐助はしない。
それこそが、自身の犯す最大の罪だとしても。
自分の全てをかける人として、生涯唯一の主として、自分の命を捧げる人として、この人を。
その判断を間違っていたなどと悔いるつもりは、欠片もないのだ。
なされない後悔の罪
ひゅ、と風を切る音がした刹那。一瞬の間を置いて男の首が落ち、その血が畳を汚した。
詰めていた息を細く吐き出し、佐助は闇から姿を現した。
無造作に転がっていた首を掴み上げ、それが標的の人物であることを改めて確認する。間違いがないことが知れると、先程とは違い、丁寧にその首を拾い上げた場所に戻した。
恨みはない。個人的にこの男を憎む理由などないし、ましてや佐助はあの織田家に仕える武将のような殺人狂でもない。
だというのに、戦場でもないこの場所で血に塗れている理由はただ一つ。
「……悪いが、仕事なんでね」
ぽつりと、骸に向かって無感情に呟く。
そう、"これ"が忍の仕事だ。
自分が潜んでいた痕跡を全て消し、もう一度確認するようにぐるりと見渡す。
もはや何も映してはいない男の目を視界の端に捕らえたが、佐助は僅かに目を細めただけで視線を逸らし、その身を再び夜の闇に溶け込ませた。
気配を絶ち、闇の一部となって夜の闇を駆ける。暗いばかりで向かう方向の指針となるものは何も見えないが、忍として訓練された身体には何の支障もない。迷うことなく目指す方向へと進んでいく。
追手がかかっている気配はない。未だ誰にも見つかることなく、あの骸は血溜まりに転がっているのだろうか。
周囲の警戒を怠ることはないが、闇に覆われた変わりのない景色が続くと、どうしても意識の片隅が散漫として取り留めもない思考に捕らわれる。不意に男の白く濁った眼を思い出してしまい、佐助は心の中だけで毒づく。
何を今更。今まで何度も繰り返してきた行為ではないか。
自分は忍だ。主の御為にこの手を、この身を汚すために存在しているのだ。そしてそれを実行しただけだ。
そうだ、自分は選んで此処にいるのだ、と繰り返す。
人が死ぬのを見るのは好きじゃないし、血の臭いも嫌いだ。あの肉を抉る感触も、全て佐助が厭うものだ。そして、本当に、本当に忍であることをやめたいと思うのならば、逃げることだって出来る。仮にも忍の頭をやっている佐助には、その程度の芸当は当然出来る。
いや、そんなことをしなくても。佐助が抜けたいといったら、それが心からの言葉なら、きっと主である幸村もその主君である信玄も何も言わないだろう。きっと黙って行かせてくれる。
でも、佐助は此処にいる。まだ忍として、こうやって手を血に染めている。
守るべき人のために、他の誰かを殺している。
「……放っておけないんだもんなあ」
見慣れた上田の地に辿り着いたことを確認し、駆ける速度を緩める。大した距離を行くこともなく森が途切れ、開けた空に細い月が覗いた。
何処で見ても同じ筈の月が、どうしようもなく綺麗に映る。それは、この地が大切なあの人の守る地だからだろうか。
「まぁ、遅過ぎたってこと、か」
死なせたくないのだ。あの人だけは、絶対に。
忍には分不相応な想いだと自覚しながらも、佐助はこの想いを捨てられない。この想いがあるからこそ、佐助はこの地に帰ってくるのだから。
そう、此処にある全てを捨てるには、この地から背を向けて逃げ出すには、――― あまりに大事なものが出来過ぎた。
「……選んだだけ、さ」
未だ脳裏を過ぎるあの男と、帰りを待ってくれているだろう彼とを、秤にかけて。
そして唯一の主を選んだその選択を、後悔することも、間違っていただなどと思うことも佐助はしない。
それこそが、自身の犯す最大の罪だとしても。
相変わらずないタイトルセンスはさて置き(お前)、これは佐幸に分類出来ますか……?(訊くな)
味方同士で一番何も気にせずラブラブ出来る筈の佐幸が一番糖度が低い事実。
味方同士で一番何も気にせずラブラブ出来る筈の佐幸が一番糖度が低い事実。