本当は、いつだって感謝している。


 いつもは感情を表に出さず、笑うことのない無表情な妻だが。
 私の傍に居ようと、多少空回りの気はあるが、いつでも懸命に努力していること。私の役に立とうと、あまり成果は出ていないが、色々と頑張っていること。たまに、本当に極たまにだが、私にだけ嬉しそうに微笑ってくれること。
 そうやって、いつも私を、好いていてくれること。分かり難くとも、それを表現してくれること。

 そんな市の存在が、どれだけ支えになっただろうか。国を治め、軍を率い、戦に赴き。正義のためとはいえ、多くの血を流すことを当然とするこの乱世に生きるのに、血にまみれた己を変わらず必要としてくれる存在に、どれだけ助けられただろうか。
 しかも、こんな不器用にしか物事を伝えられない自分だ。いつ愛想を尽かされてもおかしくないというのに、今も市は自分の傍にいる。いつだって、振り向けばちゃんとそこにその姿はあった。


 本当は、たった一言でいいのだと分かっている。ただ一言、ありふれた一言を告げればこの感謝は伝えられるのだろう。私自身、他の者になら幾度となくかける言葉だ。
 だから、そう、言ってしまえばいいのだ。伝えたいと確かに思っているのだから。
 なのに、あの大きな黒い瞳を前にすると何も言えなくなってしまう。素直に感謝を告げるどころか、反対にああだこうだと説教を垂れ始める始末だ。我ながら己の不器用さに溜息の一つも吐きたくなる。

 それでも、市はどうやらまだ私のことを好いてくれていて、私の傍に居たがっていて、私の役に立ちたがっていて、私だけに嬉しそうに微笑ってくれているようだから。
 それなら、もう少し時間を貰おうと思う。あの大きな黒い瞳を真っ直ぐに見て言えるときまで。



「………いつか、そう、いつかは、だ」



 大丈夫だ。時間は、まだ、ある。
 いつこの時間が終ってしまうか分からないという事実からは目を背けて、呟いた。





(いつかは、この言葉を)


04. ありがとう / 君にお礼を言いたかったこと