浮上した意識に従って瞼を持ち上げると、開けた筈の視界は未だ暗闇だった。どうやら夜中に目覚めてしまったらしい。
 市はそのまま再び目を閉じるが、睡魔は訪れない。何となく寝返りを打とうとして―――不意に首筋に触れた冷たいものに身を震わせた。驚いて目を開いて冷たいものの正体を確かめると、それは自身の指先だった。
 改めて触れてみると、氷のように冷えている。しかもそれは手だけではなく、足先もだ。もしかしたら、この所為で起きてしまったのだろうか。

 とはいえ、この冷えた肌は市には慣れたものだったし、温めるには暖を取るための道具を準備する為に誰か人を呼ぶ必要がある。そんな手間を生じさせてまで対処しなければならないものではなかった。
 そのうち眠気もくるだろう。そう結論付けてもう一度寝返りを打った市に、障子越しに声がかかる。


「……市? まだ起きているのか?」
「……長政、様?」


 深夜だからか、よく通る声は低く潜められているが、夫の声を市が聞き間違える訳はない。かたりと障子を動かせば、見慣れた姿が覗いた。
 こんな遅くまで政務に励んでいたのか、長政は疲れたような雰囲気を纏っていた。普段からあまり取れることのない眉間の皺だが、それも更に深い気がする。
 そのことを市が指摘する前に、長政の眉が顰められた。


「……こんな時間まで起きているな。早く寝ろ」


 突き放すような言葉だが、これは長政なりの気遣いだと既に知っている市は動じない。自分よりも休まないといけないのは夫だ。普段疲労を表に出すことのない長政がこんな表情をしているのだ。相当に疲れているに違いない。

 早く休むよう促そうとその姿に手を伸ばそうとするが、己の手が冷え切っていたことを思い出す。こんな手で触れたら驚かせてしまうに違いない。どうしようか。
 伸ばしかけて宙で止まった市の手に長政は怪訝な視線を向けるが、市は動かない。取り敢えずその手を下させようと触れると、二人の身体はびくりと震えた。
 長政は、触れた手の冷たさに。市は、触れた手の温かさに。

 先に我に返り反応したのは、長政だった。


「なっ……冷え切っているではないか! すぐに火鉢を持ってこさせねば!!」


 そう言って勢いよく立ちあがり、そのまま駆け出していく長政。一人残された市は、動かない。ただ小さくなっていく足音を聞いている。
 ああ言ったが、きっと長政は既に床についている家人達に配慮して自ら火鉢を持ってきてくれるのだろう。離れてしまった熱が淋しさを募らせるが、それまでの辛抱だ。
 あの人が戻ってくるまで、僅かに残された熱を逃すまいとするように手を胸に当てた。




(本当は、あなたがいればそれだけで)


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