「ほら、もういい加減寝て下さいよ!」
「いやだ! 弁丸が寝てしまったら、佐助は何処かへ行ってしまうのだろう!!」
「だからそれは……っ」

 ここのところ毎晩繰り返される論争。今夜もお決まりのこの台詞を吐かれて、佐助は言葉に詰まる。
 説得するための言葉を毎晩用意して臨んでいるにも拘らず、その大きな瞳を涙に潤ませて睨まれれば、何故かこちらの方が間違っているような気になってしまう。どうにか視線を外すと、佐助は大きな溜め息を吐いた。


 この寝かしつける前の問答が始まったきっかけは、小さな不運だった。
 年若く、真田家に仕え始めて間もない佐助には、重要な任務を任されることはない。そもそも若君の護衛として雇われたのだから、第一の仕事はこの子供の側にいることだ。
 最近になってようやく護衛以外の任務を任されるようになったが、それも長期に渡るものはなく、見回りに近い偵察ばかり。それは佐助自身の能力や資質が低いという訳ではない。子守が主とはいえ、この年で主君に仕えているという事実がそれを証明している。
 それなのにこういった任務しか佐助に回ってこないのは、どういう訳か佐助に懐いて離れようとしないこの真田の若君に、誰かが配慮しているからに他ならなかった。いや、そんなことをしようとして実行できるのは、佐助たち真田忍の主君にして驚異の親バカであるあの方以外に居はしない。
 どちらにせよ、この幼い子供は佐助が側にいないと泣き疲れさせる以外寝かしつける方法がないのだから、佐助にも他の忍にも選択肢などなかった。

 不満がない訳ではないが、寝かしつけた後に簡単なものでも任せてもらえるのならば良い、と自身を納得させ、眠りこける弁丸の側を離れて任務に勤しんでいた佐助だったが―――
 ある夜、常ならば一度寝つけば朝まで起きない子供が何故か夜中に目を覚まし。それがたまたま、そう頻繁ではない佐助が任務に出ている夜で。何の用があった訳でもなかっただろう弁丸が、習慣のように佐助の名を呼んでしまった。
 如何に訓練された忍とはいえ、遠く離れた小さな呼び声を聞き取ることは難しく、当然一瞬でその御前に参上することは不可能である。いつまでたっても現れない姿に、弁丸は大好きな己の忍が何処かに行ってしまっていたことに気付いてしまった。
 その晩以来、夜になると佐助を何処にも行かせまいと奮闘する弁丸の姿が見られるようになったのだった。


 このことがばれて以来、佐助は任務に行けた試しがない。こんなことが続けば、いつまでたっても自分は忍として働くことが出来ないかもしれない。その不安は非常に現実的な重さを以て佐助に襲い掛かる。あの厳しい訓練に必死になって耐えてきたのは何だったのか。
 暗鬱とした気持ちになりながらも、視線に耐えきれず、諦めて佐助がころりと弁丸の横に寝転がれば、逃がすまいとその短い手足を絡めてくる。
 子供特有の高い体温を感じながら、今夜も己が折れてしまった理由を考える。
 それが子供相手だからなのか、それともこの子供特有のことなのかは、佐助には判断のつかないことだった。





(こんな関係は、いつまで)


03. 絡めた君と僕の足