ぱしり。
 乾いた音を立ててその小さな手は払われた。目の前の小さな主は、呆けたような表情のまま、それでも視線を佐助から外さない。泣くでも怒るでもなく、ただただ驚いてみせる幼さに、佐助は内心歯噛みした。
 子供特有の無邪気さで無遠慮に伸ばされた手を、反射的に振り払ってしまった。それは訓練された忍としての習性からであったが、そのことに対して謝罪もせず表情を歪めるだけだなど、仮にも主人に対する態度ではない。
 それは重々承知ではあったが、どうしても今、ここで膝をついて頭を下げる気にはなれなかった。

 素直で無分別で、誰からも愛される子供。佐助の目には、主はそう映っていた。
 佐助が忍となるために捨ててきたもの全てを持っていて、そのままで愛される価値を持つ子供。そしてそれを佐助に押し付けてこようとする子供。
 佐助は、幼い主に対する感情に名前を付けることが出来ずにいる。憧れでも嫉妬でも侮蔑でもない。恐らく嫌悪でもない。いうなれば、恐れ。それが最も近いのだろう。
 この子供は、捨てた筈のものを佐助に再び手にせよと迫ってくる。それは主君の道具であらねばならない忍としての死を意味するとも知らずに。
 そんな主に、忍として育てられ、それ以外の生き方など知らない佐助が恐怖するのは当然だった。

 だから、拒絶して欲しかった。子供が佐助から逃げていけば良いと思った。忍として影ながら守るだけなら、それでも充分役目を果たすことが出来る。
 今だって、その大きな瞳が涙に濡れれば良いと、そう佐助は思っている。
 泣け。泣けば、互いに逃げる理由が出来る。

 だが、子供は泣かなかった。表情を緩ませて、驚かせてしまったか、そう笑う。いつもと変わらない笑顔で、もう一度小さな手を伸ばしてみせる。
 それに死刑宣告を受けたような気がして、佐助はその手を避けるようにして、足早にその場を後にする。
 擦れ違った子供が、そのときどんな表情をしていたか、確認する余裕は何処にもなかった。





("それ"は必要ないものなんだ)


01. 放って置いてくれ、関わるな