気付けなかった。
いることが、当たり前だったから。

失う日が来るなんて、思わなかった。
01 ・ 終わりの日
「戦争が膠着状態に入り、予想外に長引いているのは知っているな。その打開策として、前線に鋼の錬金術師、焔の錬金術師両名が徴収されることになった」

 大佐が、『大佐』としての表情で告げた。感情を全て削ぎ落したかのような声、表情。それの意味していることろが分からない程愚かじゃないし、駄々をこねて拒否するほど子供でもない。
 だから、オレも『鋼の錬金術師』として『大佐』に答えた。

「 ―――――――― 了解、しました」

 精一杯虚勢を張って、目の前の彼と同じような声音と表情を作る。それがせめてもの礼儀だと思ったから。
 来るべき時が、来たのだと思った。





 既に瓦礫の山となった街を、息を潜めて駆け抜ける。少し走る度に速度を緩めて、何かを探すように当たりを見回しては、また駆け出す。一人、廃墟と化した街で探すのはただ一人。突然起こった戦闘で、はぐれてしまったあの人。
 不意に何かの気配を感じ、さっと物陰に身を隠す。敵かと身構えるが、銃声は聞こえない。それでも油断することなくじっと息を殺していると、にゃぁ、というこの場に不似合いな声がした。そっと顔を出してみると、そこには一匹の子猫。罠かと周りを窺ってみるが、この猫の他に気配は感じない。ふぅと息をついて立ち上がり、猫の方に歩み寄る。

「お前、こんなところで何やってんだ? 危ないぞ」

 そう、忘れかけた笑顔で手を伸ばす。しかし、猫は手が触れる瞬間、ぱっと逃げ出してしまった。距離をとって、じっと自分を見つめて。そのまま走り去った。
 自分も、アルフォンスほどとは言わないまでも、動物には好かれる性質だった。逃げられたことにちょっと淋しい思いをして、猫に伸ばした自分の手のひらを見た。


「 ――――― 」


 一瞬言葉を失って。
 猫が逃げてしまうのも当たり前だと思った。

 以前は三つ編みになって陽の光を映していた髪も、この戦火の地に降り立ってからは高い位置で結い上げられ、砂塵と煙でくすんだ色になってしまっている。先日支給されたばかりの真新しい軍服は、すでにあちこちに焦げた痕や切れた箇所があり。
 そして、手のひらは。生身も鋼も傷だらけで。自分と、誰かも分からない何人もの血で染められていて。

 唇を笑みの形に模る。

 自分は、人を殺した。自分が生きるために。
 あの人を、生かすために。


 もしかしたら、あの子猫の母親はもう何処かで冷たくなっていて。そして、そうなったのは自分の所為かもしれなくて。
 でも。


「鋼の!!」


 声がした。ずっと、探していた声。
 その声ひとつで自分の意識の全ては、彼へと収束する。

「大、佐・・・・」

 掠れた声が漏れる。無意識に零れ落ちた言葉は、この彼に届いただろうか。駆け寄ってきた大佐は、オレの肩をそっと掴んで息をついた。


「君がぼーっと突っ立っているから、何か起きたのかと思ったよ」

 いつもの、口調。

「だが、無事な様で良かった」

 いつもの体温。


 ずっと当たり前だったもの。ずっと、望めば当然のように与えられたもの。それが変わらずここにある。
 ただそれだけのことに、不意に泣き出しそうになった。


 そう、決めたんだ。後悔はしない、と。自分が奪ったものへ、壊したものへ。懺悔なら何度でもするだろう。
 でも。


「オレは・・・・・・平気だよ」


 唯の一度だって、後悔はしない。
 そう、決めた。