悔やみはしない。
護りたいものは、もう決まっているから。
大佐の言葉に頷く。
いくら人間兵器と呼ばれる国家錬金術師とはいえ、今の二人は正に満身創痍。小隊程度ならともかく、大人数を相手に出来る状況でないことは明らかだった。
「散開後の集合地点からはかなり離れてしまったようだな。ならば、ここから一番近い部隊は……鋼の?」
「 ――――――――― え」
大佐が訝しげな視線を向けてくる。どうやら、知らず上の空になっていたらしい。大佐と無事に再会出来たことで少し気が緩んだのかもしれない、と自分を戒める。まだ危険な状況にあるのに変わりはない。敵部隊に見つかる前に、何処かの部隊と合流しなければ。
ぺちっと軽く自分の頬を叩いて気を引き締める。大佐が不思議そうな表情で見つめていたが、気にしない。
「えーと、ここから一番近い部隊の基地だろ……。ここからなら…ハボック少尉がいる、援護部隊がここら辺じゃなかったか」
誤魔化すように、脳内で描いた地図から自分たちの現在位置を推測して答える。
この返答に、少し大佐は考え込んでから頷いた。
「そうだな。ここからなら……上手くやれば、半日もすれば合流できるだろう。そちらに向かおう」
お互い頷きあって、目指す方角へと歩み出そうとする ―――――――――
ぐら、と自分の身体が崩れ落ちるのが分かった。
目の前が真っ暗になり、平衡感覚が失われる。
「鋼の!?」
大佐の声が遠く聴こえる。
あぁ、自分は今、貧血を起こしているんだな、と理解した途端少し視界が明るくなった。しゃがみ込んだまま、波が通り過ぎるのを待つ。
「大丈夫なのか!? 凄い顔色だ」
声のした方に視線を向けると、大佐の心配そうな顔が目に入った。
自分だって、大概酷い顔色の癖にさ。人の心配ばっかしてんなよ。 そう言えれば少しは良かったのかもしれないけれど、そんな余裕は今の自分には全くなくて。思っていた以上に、この状況は自分の精神を苛んでいたんだな、と自覚する。
何度か深く呼吸をして気を落ち着ける。
大丈夫だ。まだ、立ち止まらない。まだ、その時じゃない。
何とか動けるだろう、というレベルまで回復したのを見計らって、大佐に視線で行こう、と告げる。大佐は驚いて咎めるような表情になったが、このままここに居てもリスクが高くなるだけだ。硬い表情のままだったが、頷いた。
未だしゃがんだままの自分を引き起こそうと、大佐が手を差し出す。いつものように、その発火布に包まれた手を取ろうとして―――― 自分の手が、血に汚れていたことを思い出す。
大佐の手は、発火という錬金術の特性からかあまり汚れてはいなかったが、直接武器としても扱う自分の手は、完全に血塗れで。ギリギリまで自分の徴収を阻止しようとしていた大佐には、見られたくないと思った。
「・・・鋼の?」
あぁ、呼ばないで。そんな風に、『いつも』のように、自分の名を呼ばないで。
全てが夢だったかのように感じてしまうから。
伸ばしかけた手を、握り締めることで留める。見せれない。触れられない。
そんな躊躇する自分に焦れたのか、大佐は力任せに腕を引っ張って立ち上がらせた。
「 ――――――- 」
そのときに見えてしまった血塗れの手で、大佐が息を呑む。
言わないで。何も、何も聞きたくないんだ。これは、これは。お願いだから。何も言わないで。
大佐はその血塗れの手をそっと手に取ると。
ただ黙って。
その薬指に口付けた。
それは、幾度と無く繰り返された行為。今までに何度と無く繰り返した行為。
変わってしまった自分を。人を殺めてしまった自分を。
変わらず、好きでいてくれていると。
「……急ごう」
ようやく出てきた言葉はそんな色気の欠片も無いものだったけれど、その言葉に、大佐は安心したように笑った。
そんな空気を打ち破るように、オレ達に殺気が向けられる。反射的に身を隠しながら、気配を探る。敵だ。しかも複数。
やれるな、と大佐の目が問う。当然、と目で返す。お互い、にっと笑んで。
「遅れるなよ、鋼の!!」
「そっちこそな!!」
砂塵の中へ駆け出した。
護りたいものは、もう決まっているから。
02 ・ 変わったもの 変わらないもの
「いつまでも二人で居るのは危険だ。早く部隊に合流しよう」大佐の言葉に頷く。
いくら人間兵器と呼ばれる国家錬金術師とはいえ、今の二人は正に満身創痍。小隊程度ならともかく、大人数を相手に出来る状況でないことは明らかだった。
「散開後の集合地点からはかなり離れてしまったようだな。ならば、ここから一番近い部隊は……鋼の?」
「 ――――――――― え」
大佐が訝しげな視線を向けてくる。どうやら、知らず上の空になっていたらしい。大佐と無事に再会出来たことで少し気が緩んだのかもしれない、と自分を戒める。まだ危険な状況にあるのに変わりはない。敵部隊に見つかる前に、何処かの部隊と合流しなければ。
ぺちっと軽く自分の頬を叩いて気を引き締める。大佐が不思議そうな表情で見つめていたが、気にしない。
「えーと、ここから一番近い部隊の基地だろ……。ここからなら…ハボック少尉がいる、援護部隊がここら辺じゃなかったか」
誤魔化すように、脳内で描いた地図から自分たちの現在位置を推測して答える。
この返答に、少し大佐は考え込んでから頷いた。
「そうだな。ここからなら……上手くやれば、半日もすれば合流できるだろう。そちらに向かおう」
お互い頷きあって、目指す方角へと歩み出そうとする ―――――――――
ぐら、と自分の身体が崩れ落ちるのが分かった。
目の前が真っ暗になり、平衡感覚が失われる。
「鋼の!?」
大佐の声が遠く聴こえる。
あぁ、自分は今、貧血を起こしているんだな、と理解した途端少し視界が明るくなった。しゃがみ込んだまま、波が通り過ぎるのを待つ。
「大丈夫なのか!? 凄い顔色だ」
声のした方に視線を向けると、大佐の心配そうな顔が目に入った。
自分だって、大概酷い顔色の癖にさ。人の心配ばっかしてんなよ。 そう言えれば少しは良かったのかもしれないけれど、そんな余裕は今の自分には全くなくて。思っていた以上に、この状況は自分の精神を苛んでいたんだな、と自覚する。
何度か深く呼吸をして気を落ち着ける。
大丈夫だ。まだ、立ち止まらない。まだ、その時じゃない。
何とか動けるだろう、というレベルまで回復したのを見計らって、大佐に視線で行こう、と告げる。大佐は驚いて咎めるような表情になったが、このままここに居てもリスクが高くなるだけだ。硬い表情のままだったが、頷いた。
未だしゃがんだままの自分を引き起こそうと、大佐が手を差し出す。いつものように、その発火布に包まれた手を取ろうとして―――― 自分の手が、血に汚れていたことを思い出す。
大佐の手は、発火という錬金術の特性からかあまり汚れてはいなかったが、直接武器としても扱う自分の手は、完全に血塗れで。ギリギリまで自分の徴収を阻止しようとしていた大佐には、見られたくないと思った。
「・・・鋼の?」
あぁ、呼ばないで。そんな風に、『いつも』のように、自分の名を呼ばないで。
全てが夢だったかのように感じてしまうから。
伸ばしかけた手を、握り締めることで留める。見せれない。触れられない。
そんな躊躇する自分に焦れたのか、大佐は力任せに腕を引っ張って立ち上がらせた。
「 ――――――- 」
そのときに見えてしまった血塗れの手で、大佐が息を呑む。
言わないで。何も、何も聞きたくないんだ。これは、これは。お願いだから。何も言わないで。
大佐はその血塗れの手をそっと手に取ると。
ただ黙って。
その薬指に口付けた。
それは、幾度と無く繰り返された行為。今までに何度と無く繰り返した行為。
変わってしまった自分を。人を殺めてしまった自分を。
変わらず、好きでいてくれていると。
「……急ごう」
ようやく出てきた言葉はそんな色気の欠片も無いものだったけれど、その言葉に、大佐は安心したように笑った。
そんな空気を打ち破るように、オレ達に殺気が向けられる。反射的に身を隠しながら、気配を探る。敵だ。しかも複数。
やれるな、と大佐の目が問う。当然、と目で返す。お互い、にっと笑んで。
「遅れるなよ、鋼の!!」
「そっちこそな!!」
砂塵の中へ駆け出した。
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