朝が来ても。 夜が来ても。
もう、逢えない。
06 ・ あなたがいない世界
 全てがガラス一枚隔てた、向こう側の出来事のようだった。


 あの後。ハボック少尉達の部隊が到着したとき。
 オレは大佐の前で呆然としていて、声をかけても、身体を揺すっても、反応を示さなかったらしい。なのに、大佐を護送しようと部隊員が手を掛けた途端、触るな、と暴れ出したので、やむを得ずハボック少尉が昏倒させたという話だった。
 そのまま軍病院に収容され、入院している。自覚はなかったが、脇腹の傷からの出血が酷くて、下手をすれば命に関わるものだったらしい。
 戦争の方は、あの日が最後の山場だったらしく、今はもう残党の処理程度ということだった。もう戦争に参加していた、知り合いの面々も中央に戻ってきている。先日会いに来てくれて、大佐を含む戦死者の合同葬儀が近いうち行われるという話をしていった。アルは顔は見せるものの、気遣ってほとんど病室にいることなく図書館に篭っている。


 そうやって色々あった筈なのに、自分の中で全てが素通りしていくのが分かった。
 全部、どうでも良かった。

 だって。もう何をやっても、あの人に会えない。
 声が枯れるほど叫んだって。壊れるほど泣いたって。
 名前を呼んでくれることはなく。笑いかけてくれることもない。


 あのとき以来、涙も出なくて。もう、自分が生きているのかどうかも分からなかった。
 何も、考えたくなかった。何も。

 だって、考え出してしまうと。


 嫌な考えに囚われそうになって、空を見に行こうとベッドを降りる。こうやって病室と屋上とを行き来するのが日課となっていた。身体はまだ多少痛むが、そんな痛みより、ただこの部屋にいる方が苦痛だった。
 病院特有の真白い廊下を歩き、階段へ向かう。知らず俯いていた顔をふと上げると、向かう先に戦傷者の軍人達が話しているのが見えた。自分の存在を気付かれたくなくて、人に紛れて横を通り過ぎ、階段に足をかけ ――――――



「"鋼の錬金術師"、まだあの状態のままなのか?」



 ―――――― 身体が、動かなくなった。
 壁越しであるからか、彼らはオレの存在に気付いていないようだった。そのまま会話を続ける。


「あぁ、そうみたいだな。……マスタング大佐と親しかったんだろ? 仕方ないさ」
「まぁそうなんだけどさ………。オレ、マスタング大佐尊敬してたからさ、あの人が折角守ったのに、いつまでもあのままじゃあさ…」

 ―――――― 嫌だ。


「何だよ」
「んー……上手く言えないけど……なんかさ、」


 ―――――― 聞きたくない。



「これじゃあ、マスタング大佐………何の為に死んだのか分かんねぇな、って」



 その言葉に、弾かれたように駆け出した。昇るつもりだった階段を下りて。そのまま外へ飛び出した。
 身体が、頭が、氷のように冷えていく。自分の身体がどう動いているか分からない。

 ただ、その場に居たくなくて。
 逃げ出したくて。


――――― これじゃあ、 ―――――

 違う、違う、

――――― 何の為に死んだのか ―――――

 違う、オレは ―――――――― !!!!!


「きゃあ!?」

 どん、と何かにぶつかって立ち止まる。
 はっとして見ると、恐らく自分がぶつかっただろう若い女性が座り込んでいた。

「―――――― っごめ……!!大丈夫か!?」

 助け起こすと、その女性は大丈夫よ、と微笑んだ。本人が言うとおり怪我もなさそうだった。ほ、と息をつくと、またあの軍人の言葉が蘇ってきた。あの人に悪意がある訳じゃないことは分かっている。
 でも。

「あの?」

 声をかけられてはっとする。女性は怪訝そうにオレの顔を覗きこんでいた。
 そういえば、自分は今病院着のままだ。それだけでさえ怪しいのに、考え込んでたりなんかしたら怪訝な顔もされるだろう。さっさとこの場を立ち去ろうと思って、踵を返したそのとき、女性特有のやわらかい手で腕を掴まれた。
 驚いて振り返ると、女性がにっこりと微笑って言った。


「私の家、この近くなの。ぶつかったお詫びに、お茶に付き合ってくれないかしら」


 出来るなら誰とも関わりたくなくて。この女性は初対面で。言ってることも唐突で。
 この腕を掴んでいる力だって、決して強いものではないのに。

 何故か振り払えなくて。その申し出に頷いてしまったのは何故だろう。