願うことは、……願っていたことは、

ただ、貴方に ―――
07 ・ 空白の在り処
 こぽこぽ、と音を立てて目の前のカップに紅茶が注がれてゆく。湯気と共に部屋に広がる香りは、覚えのあるもの。大佐が、いつも出してくれたものだった。
 こんな瞬間でさえ、思い出してしまって。自分が如何に大佐で一杯だったかを思い知らされて。自分が今、どれだけ空っぽか思い知らされてしまって。
 来るんじゃなかった、と思いつつも、お茶を煎れ終えた女性は既に自分の向かいの席に腰を下ろしてしまった。ついて来てしまった以上、飲まずに帰るのは失礼に当たるのは分かっているが、それでもこの香りに手を伸ばす気になれなかった。

 そんなオレの様子に何も言うことなく、女性は自分のカップを口元に運ぶ。一口飲んだ後、カップを下ろし、女性はリリアと名乗った。そのまま、例えば今日の天気だとか、最近の野菜の値段だとか、そんな取り止めのない話をし出した。オレからの相槌がなくても、リリアさんは気にすることなく話し続ける。
 彼女のカップが空になり、注ぎ足そうと彼女の話が途切れたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

「……何で、……オレを誘ったんだ」

 何の前振りもないオレの質問に、リリアさんは少し驚いてから。
 静かに微笑んで。


「………貴方には、こんな時間が必要に思えたから」


 その言葉に、息を呑む。否定も肯定も出来ない。
 否定出来るほど強くなく、肯定するほど許されることも出来なかった。


「……何だか、貴方、似てるのよ」

 ぽつり、とリリアさんが言った。その感情を感じない声音に、俯いていた顔を上げる。
 ……リリアさんはこのとき、多分、淋しさとか切なさとか懐かしさとか、色々渦巻いていたんだと思う。でも、それでも彼女は微笑っていた。

「……この部屋、私一人で住むには少し広いと思わない?」

 そう言われて、失礼にならない程度に部屋を見回す。確かに、女性一人暮らしにしては広く、部屋数も多い。
 それに。至るところに置かれている、二つ、サイズの違う様々なものたち。

「数ヶ月前まで、恋人と二人で住んでたの。結婚する予定だった」

 『だった』、と過去形にして語られる。
 彼女と、その婚約者の過去。


「彼ね、………亡くなったの。私を庇って、事故に巻き込まれて」


 一瞬。

 何かを言おうとして。
 何も言えないことに気付いた。

 そんなオレに、リリアさんは微笑む。
 慰めの言葉など、意味を成さないことは、自分がよく分かっていた。

「貴方、私に似てるのよ。大切な何かを、失くしてしまったばかりの顔してる」

 たいせつな、……何か。


「 ―――― ぁ……」


 掠れて、上手く声にならない。


「何でこんな、って誰かに聞きたくて。自分を責めて」


 何で自分だけが生きているのかと。誰よりも大切だった人はもういないのに、何故自分はここにいるのかと。
 もう、『ここ』にいる意味なんて失われてしまったのに。


「でも、守ってもらった命だから、どうすることも出来なくて」


 あの人が守ったものだから。無碍にすることなんて出来なくて。
 ただ、一人で立ち尽くしている。


「何でこんなことしたんだ、って文句言ってやりたいのに、そんなことも出来なくて」
「―――――」


 病院で、目を覚まして。あの人が居ない世界に囲まれてから。
 ずっと、沈めてきた、想い。………誰にも、言えなかった、想い。

 …………この、人なら。分かってくれるだろうか。


 ただの、傷の舐め合いにしかならない。そんなことは分かっている。
 それでも、今のオレには、それも必要な行程で。

 ゆっくりと、口を開いた。