ふとした瞬間に思い出す、もう逢えない姿や、聴こえない声や、届かない手。
それらに絶望することもあるだろう。
でも、それでも、――――
大佐の部下の面々と。
アルフォンス。
少尉達は、自分達もまだ傷が癒えてないというのに、病院を抜け出したまま行方知れずになっていたオレを随分探し回ってくれていたらしい。そして、戻ってきたオレの姿を見て、アルはズンズンと近寄ってきたと思ったら、その右手で思いっきりオレを殴り飛ばして。
この馬鹿兄!! 皆に心配かけて!!
そう怒鳴って。その泣きそうな声の調子から、誰よりも心配していたのだと知れた。怒ったような表情をしているホークアイ中尉も、何処かその瞳は潤んでいて。
あぁ、自分にはこんなにも心配してくれる人がいるのだと。
そう思うと、殴られた頬の痛みすら嬉しくて。
思わずアルの鋼の身体に抱きついた。
あの人はもういない。それはどんなにか絶望的なことだろう。
どれだけ求めても、もう与えられることはないのだ。陽炎のような残像だけを感じ、それに打ちのめされていかなくてはならないのだ。これから長く続くだろうその日々に、眩暈がする。その絶望に、死にたいとさえ思う日がくるかもしれない。
でも。あの人はいないけれど、自分にはこの人たちがいる。あの人ではないけれど、代わりなんていないけれど。それでもこの人たちがいる。
あの人が、オレに残してくれたもの。それは、この命だけではないのだ。彼らとの繋がりも、その一つなのだ。
熱をもった頬が冷えていく感覚に、自分は生きているのだと思った。
ただ、そう思った。
しゅ、と衣擦れの音をたてて赤いコートが翻る。久しぶりに袖を通すその色に、何処か懐かしささえ感じてしまう。実際着ていなかったのは、そんな長い時期ではなかったというのに。
振り返れば、トランクを手にしたアルが立っていた。に、と笑いかければ、微笑んだのが気配で伝わる。
とん、とその肩を叩くことで部屋を出るように促す。
そう、今日でこの病室ともお別れだ。自分達は、旅する根無し草に戻る。また自分の腕脚とアルの身体を取り戻す術を求める旅に出るのだ。
アルや中尉達はオレを気遣ってもう少し休養するように勧めたが、それを断って退院と同時に旅立つことを決めた。それは早くアルの身体を取り戻してやりたいのと同時に、オレ自身が生きたかったからだ。
生きているのだから、何かをしたかった。出来るならば、自分がずっと望み、あの人が指し示してくれたこの道の上で。
あの人が何処かで見てるなんて思っちゃいないけど、それでも、いつかくる最期の時に、自分は生きたのだと胸を張れるように。
病院のガラス張りのドアから外に出ると、初夏の日差しに出迎えられ、光の強さに思わず目を細める。その眩んだ視界に、見慣れた青い軍服が映った。
一瞬過ぎった有り得ない期待は当然裏切られ、それはあの人の部下達だったけれど。その姿に笑みかける。
逢えない姿。聴こえない声。届かない手。ふとした瞬間に過ぎるそれらに絶望しない訳がない。打ちのめされて涙することもあるだろうし、眠れない夜だって来るだろう。あの人を詰り、慟哭し、立ち竦むときだって来るだろう。
それでも。生きているのだから、生きようと決めた。
いつか、あの人に逢うときに。
オレはちゃんと生きた、って。あんたに置いてかれて辛くて死にたいくらいだったけれど、それでも生きた、って。何て酷いことをオレにしたんだ、って。そう言ってやるんだ。
だから、その日までは。
すう、と肺いっぱいに空気を吸い込んで。
全て吐き出して。
竦む足を一歩、前へと踏み出した。
それらに絶望することもあるだろう。
でも、それでも、――――
09 ・ それでも、だから、その一歩を
リリアさんと別れて、病院へと戻った俺を待っていたのは。大佐の部下の面々と。
アルフォンス。
少尉達は、自分達もまだ傷が癒えてないというのに、病院を抜け出したまま行方知れずになっていたオレを随分探し回ってくれていたらしい。そして、戻ってきたオレの姿を見て、アルはズンズンと近寄ってきたと思ったら、その右手で思いっきりオレを殴り飛ばして。
この馬鹿兄!! 皆に心配かけて!!
そう怒鳴って。その泣きそうな声の調子から、誰よりも心配していたのだと知れた。怒ったような表情をしているホークアイ中尉も、何処かその瞳は潤んでいて。
あぁ、自分にはこんなにも心配してくれる人がいるのだと。
そう思うと、殴られた頬の痛みすら嬉しくて。
思わずアルの鋼の身体に抱きついた。
あの人はもういない。それはどんなにか絶望的なことだろう。
どれだけ求めても、もう与えられることはないのだ。陽炎のような残像だけを感じ、それに打ちのめされていかなくてはならないのだ。これから長く続くだろうその日々に、眩暈がする。その絶望に、死にたいとさえ思う日がくるかもしれない。
でも。あの人はいないけれど、自分にはこの人たちがいる。あの人ではないけれど、代わりなんていないけれど。それでもこの人たちがいる。
あの人が、オレに残してくれたもの。それは、この命だけではないのだ。彼らとの繋がりも、その一つなのだ。
熱をもった頬が冷えていく感覚に、自分は生きているのだと思った。
ただ、そう思った。
しゅ、と衣擦れの音をたてて赤いコートが翻る。久しぶりに袖を通すその色に、何処か懐かしささえ感じてしまう。実際着ていなかったのは、そんな長い時期ではなかったというのに。
振り返れば、トランクを手にしたアルが立っていた。に、と笑いかければ、微笑んだのが気配で伝わる。
とん、とその肩を叩くことで部屋を出るように促す。
そう、今日でこの病室ともお別れだ。自分達は、旅する根無し草に戻る。また自分の腕脚とアルの身体を取り戻す術を求める旅に出るのだ。
アルや中尉達はオレを気遣ってもう少し休養するように勧めたが、それを断って退院と同時に旅立つことを決めた。それは早くアルの身体を取り戻してやりたいのと同時に、オレ自身が生きたかったからだ。
生きているのだから、何かをしたかった。出来るならば、自分がずっと望み、あの人が指し示してくれたこの道の上で。
あの人が何処かで見てるなんて思っちゃいないけど、それでも、いつかくる最期の時に、自分は生きたのだと胸を張れるように。
病院のガラス張りのドアから外に出ると、初夏の日差しに出迎えられ、光の強さに思わず目を細める。その眩んだ視界に、見慣れた青い軍服が映った。
一瞬過ぎった有り得ない期待は当然裏切られ、それはあの人の部下達だったけれど。その姿に笑みかける。
逢えない姿。聴こえない声。届かない手。ふとした瞬間に過ぎるそれらに絶望しない訳がない。打ちのめされて涙することもあるだろうし、眠れない夜だって来るだろう。あの人を詰り、慟哭し、立ち竦むときだって来るだろう。
それでも。生きているのだから、生きようと決めた。
いつか、あの人に逢うときに。
オレはちゃんと生きた、って。あんたに置いてかれて辛くて死にたいくらいだったけれど、それでも生きた、って。何て酷いことをオレにしたんだ、って。そう言ってやるんだ。
だから、その日までは。
すう、と肺いっぱいに空気を吸い込んで。
全て吐き出して。
竦む足を一歩、前へと踏み出した。
FIN.
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