時々、鮮明に蘇る『あの時』は。
蛋白質の焦げる臭いと。焔の爆ぜる音と。

あんたの血で染まった、紅い櫻の花弁。
Extra ・ 紅い櫻に
 国の中心であるセントラルは、いつでも町中に活気があり、賑やかな町だ。しかし少し中心街を離れると閑静な住宅街に入る。そしてさらに外れまで行くと、そこには静かな自然が広がっているのだ。
 街を一望できる、小高い丘の上。そこには多くの石碑が整然と並んでいる。殉職した軍人たちが眠る地。そこにエドワードは一人で立っていた。


「……久しぶり」


 そう、答えることのない墓碑に話しかける。


「また、1年経ったよ」


 エドワードは変わらず機械鎧の手足で。アルフォンスも未だ鎧姿のままで。あの日から何も変わってはいない。また、髪が伸びたくらいだ。
 この場所に眠る人が好きだと言ってくれた髪。だから切れずにいる、なんて知ったら、きっとこの男は笑うだろう。いや、喜ぶだろうか。この、男なら。


「もう3年、か……」

 あんたが、いなくなって。オレの前から消えて。
 あの戦火の地に降り立ったときから、もしかしたらこうなるかも、なんて思ってはいたけど。それは「もしかしたら」で。本当になるなんて思ってなかったから。まだ何も果たしてないのに、動けなくなりそうだった。
 それでも、また歩くと決めたのだ。だから今も自分は"生きて"いる。そのことを間違いだったとは思わない。思わない、けれど。


「オレの今の直属の上司、嫌な奴じゃないんだけど、またお小言くらったんだ」


 あんたの雰囲気とか、あんたの体温とか。


「あんたが、どれだけオレを庇ってくれてたかとかさ、もう凄いんだぜ」


 そういうもの、全て。


「ずっと知らなかったけどさ、」


 ひとつだって忘れたくないのに。


「オレ、……ずっと、あんたに守られてたんだな」


 ……こうやって、時間を動かしている限り、少しずつ、失われていくんだ。



 でも、まだ止まるわけにはいかないから。
 せめて、せめて、この想いが風化することのないように。この想いは全部ここに置いていくから。ここに来る、この日だけは、まだあんたといられるように。


 風がエドワードの頬を撫で、髪を吹き上げる。日が暮れると、まだ春になりたてのこの街は肌寒い程の気温になる。
 そろそろ戻らないとアルフォンスが心配するだろう。ただでさえ、この男がいなくなってから心配性に磨きがかかっている弟だ。風邪でもひいたりしたら、また宿に閉じ込められてしまう。


「そろそろ…行くな」


 そう石碑に声をかけ、ふと思って苦笑を零す。


「オレ……前も今も、……あんたを待たせてばっかりだな」


 前は軍の司令部で。
 今はこの場所で。


「あんたが、本当は待つの苦手って知ってるくせにな」


 ちゃんと知ってる。
 待ってると、不安なんだろ。ちゃんと、オレがあんたのところに帰ってくるか。不安で堪らなかったんだろ。ちゃんと、全部知ってる。


「オレは……ここしか帰れる場所はないよ」


 他にはない。何処にも、存在しない。
 待っていてくれるあんたがいない限り、そこはオレの帰る場所じゃない。


「待つの苦手って知ってるのに悪いけどさ、オレはまだあんたのところに行けない」


 あんただって、きっと望んでないだろう?
 オレが、全部投げ出してあんたのところに行くなんて。


「でも……いつか、…いつか、あんたのところに帰るから」


 今度も、また、ちゃんと帰るから。


「そのときは、あんたが迎えに来いよ」


 少しでも早く逢いたいから。



 踵を返すエドワードに、今が盛りの櫻が舞い落ちる。
 あの日、あの男の顔を隠していった櫻の花弁。あの男の血で、紅く染まっていた花弁。
 今降り注ぐ櫻は綺麗な薄桃で。それでも、ただ一人を想い起こさせるから。
また、動き出すための言葉を呟く。


「 ―――- 待っててよ…ロイ……」


 そして歩き出す。またこの地を訪れるまで。
 いつか、ロイのもとに帰る日まで。