rainy day
「無能日和だな」
報告書の提出のため訪れた大佐の執務室の扉を開いて、開口一番にこの言葉が零れてしまったのは、自分が歩いてきたときよりも酷くなってきた外の雨の所為だけでなく。
……大佐が、情けない顔で書類の山に埋もれていた所為でもあると思う。
「出来ないわけじゃないのに、何でこうギリギリまでやらないで溜めておくかなぁ」
「たまにやる気を発揮する方が、より有能に見えるものだよ」
オレのその言葉に、今まで唸りながら書類と格闘していた大佐が顔を上げて真顔でそんなことを言う。この仕事ぶりの尻拭いをしなくてはならないホークアイ中尉の苦労を思って脱力して、悩んだ挙句。
「それ、中尉の耳に入ったりしたら、あんた射撃訓練場の的にくくりつけられるぞ」
その一言だけ言っておいた。
中尉は所用で1時間ほど席を外している最中らしく、そのため、やっぱりと言うか何と言うか、大佐は書類を処理してはいるのだが、一向に能率が上がらない。中尉がやるみたいに、オレが銃を突きつけてやれれば良いのかも知れないけれど、生憎そんなものは持ち合わせていない。
そんなことを考えていたら、大佐は遂に書類を放り出してしまった。
「おい、まだまだ残ってるだろ」
「ふん、まだ期限はある。私が本気を出せば、まだ充分な時間がな」
あんたが大丈夫でも、その決済待ちしてる少尉たちは時間無いんだぞ。そんなことを目線で訴えてみても、もう疲れたと言わんばかりの表情で返してくる。あぁもう。本当、何でこんな奴好きにとかなるかなぁオレ。
もう見捨てて帰ろうかとか思いつつ。日頃世話になってる中尉たちに少し恩返ししても良いかな、とふと思った。
「なぁ大佐」
声をかけると、目線だけで何だと問いかけてくるその視線ににっこりと笑みを返す。
こちらの意図を隠して、でも何処か意地が悪そうに。
「その書類の山を、定時までに終わらせることが出来たら食事に付き合ってやる」
オレのその提案に大佐は面食らって。
きっかり1秒後に、物凄いスピードで処理を始めた。
これで少しはマシになるだろう。もちろん食事なんか付き合ってやる気はない。どうやって誤魔化すかな、と溜息をつきながら目を閉じた。
報告書の提出のため訪れた大佐の執務室の扉を開いて、開口一番にこの言葉が零れてしまったのは、自分が歩いてきたときよりも酷くなってきた外の雨の所為だけでなく。
……大佐が、情けない顔で書類の山に埋もれていた所為でもあると思う。
「出来ないわけじゃないのに、何でこうギリギリまでやらないで溜めておくかなぁ」
「たまにやる気を発揮する方が、より有能に見えるものだよ」
オレのその言葉に、今まで唸りながら書類と格闘していた大佐が顔を上げて真顔でそんなことを言う。この仕事ぶりの尻拭いをしなくてはならないホークアイ中尉の苦労を思って脱力して、悩んだ挙句。
「それ、中尉の耳に入ったりしたら、あんた射撃訓練場の的にくくりつけられるぞ」
その一言だけ言っておいた。
中尉は所用で1時間ほど席を外している最中らしく、そのため、やっぱりと言うか何と言うか、大佐は書類を処理してはいるのだが、一向に能率が上がらない。中尉がやるみたいに、オレが銃を突きつけてやれれば良いのかも知れないけれど、生憎そんなものは持ち合わせていない。
そんなことを考えていたら、大佐は遂に書類を放り出してしまった。
「おい、まだまだ残ってるだろ」
「ふん、まだ期限はある。私が本気を出せば、まだ充分な時間がな」
あんたが大丈夫でも、その決済待ちしてる少尉たちは時間無いんだぞ。そんなことを目線で訴えてみても、もう疲れたと言わんばかりの表情で返してくる。あぁもう。本当、何でこんな奴好きにとかなるかなぁオレ。
もう見捨てて帰ろうかとか思いつつ。日頃世話になってる中尉たちに少し恩返ししても良いかな、とふと思った。
「なぁ大佐」
声をかけると、目線だけで何だと問いかけてくるその視線ににっこりと笑みを返す。
こちらの意図を隠して、でも何処か意地が悪そうに。
「その書類の山を、定時までに終わらせることが出来たら食事に付き合ってやる」
オレのその提案に大佐は面食らって。
きっかり1秒後に、物凄いスピードで処理を始めた。
これで少しはマシになるだろう。もちろん食事なんか付き合ってやる気はない。どうやって誤魔化すかな、と溜息をつきながら目を閉じた。
sunny day
「………」
今日はいい天気だ。丁度良い気温に、晴れ上がった空。そして爽やかな風。確かに昼寝の一つもしたくなるだろう。その気持ちは非常に分かる。
だが、しかし。
「何もこんなところで寝なくても良いだろうに……」
彼を探して司令部中を駆け回った結果、見つけた場所は錬兵場の端にある木の上だった。
鋼のが、自分のところに報告書の提出に来たのが昼過ぎ。だが、書類の山に埋もれている私を見て、すぐ出直してくると部屋を去ってしまった。その後、監視役のホークアイ中尉の目を盗んでエルリック兄弟がいつも利用している宿に電話をしてみたが、彼はまだ戻ってないと弟に告げられたので、まだ司令部にいるのかと、こっそり執務室を抜け出して探し回っていたという訳だ。
眺めていても、彼は熟睡しているのか全く目が覚める気配がない。少し思案して、彼が眠っている枝を揺らさないように、自分もその木に登り始めた。
久しぶりの木登りで少々手間取ったが、何とか彼の後ろにあたる枝にたどり着いた。そっと鋼のの顔を覗きこむと、必死で探し回っていたこちらのことなど知りもせず、すやすやと寝息をたてている。
少し悔しくなって、その頬をつねって起こしてやろうかという考えが浮かんだが、あまりに気持ち良さそうに眠っているので伸ばした手を戻し、自分も彼と同じように背を幹に預け目を閉じた。
風が葉を揺らす音。人の声。
そして、大切な人の寝息。
あぁ、ここは良いところだな。
不意にそう思った。
彼が安らぎ、私が安堵出来る。
彼の手をそっと握って。優しい闇に意識を委ねた。
今日はいい天気だ。丁度良い気温に、晴れ上がった空。そして爽やかな風。確かに昼寝の一つもしたくなるだろう。その気持ちは非常に分かる。
だが、しかし。
「何もこんなところで寝なくても良いだろうに……」
彼を探して司令部中を駆け回った結果、見つけた場所は錬兵場の端にある木の上だった。
鋼のが、自分のところに報告書の提出に来たのが昼過ぎ。だが、書類の山に埋もれている私を見て、すぐ出直してくると部屋を去ってしまった。その後、監視役のホークアイ中尉の目を盗んでエルリック兄弟がいつも利用している宿に電話をしてみたが、彼はまだ戻ってないと弟に告げられたので、まだ司令部にいるのかと、こっそり執務室を抜け出して探し回っていたという訳だ。
眺めていても、彼は熟睡しているのか全く目が覚める気配がない。少し思案して、彼が眠っている枝を揺らさないように、自分もその木に登り始めた。
久しぶりの木登りで少々手間取ったが、何とか彼の後ろにあたる枝にたどり着いた。そっと鋼のの顔を覗きこむと、必死で探し回っていたこちらのことなど知りもせず、すやすやと寝息をたてている。
少し悔しくなって、その頬をつねって起こしてやろうかという考えが浮かんだが、あまりに気持ち良さそうに眠っているので伸ばした手を戻し、自分も彼と同じように背を幹に預け目を閉じた。
風が葉を揺らす音。人の声。
そして、大切な人の寝息。
あぁ、ここは良いところだな。
不意にそう思った。
彼が安らぎ、私が安堵出来る。
彼の手をそっと握って。優しい闇に意識を委ねた。
RPGパロっぽいもの・出会い
「急がなくてはな……」
黒髪・黒目の男が、どんより曇った空を見上げて呟いた。その双眸に宿るのは焦りと、それ以上に強い、決意の色だった。
「エド!!!危ないからあんまり村を離れるんじゃないよ!!」
「平気だって!!いつものところまでしか行かないからさ!!」
エドワードは、自分の保護者であるピナコにそう言って森のほうに駆け出す。いつもの日課、薪を集めに行くためだ。設備が整っていないこの村で、薪は生活の必須用品だ。しかし、最近はモンスターの動きが活発になり、今まで住み着いていなかった人里の近くにまでモンスターが出現するようになった。だから、薪集めは何よりも大切だが、何より危険な仕事となっている。
ピナコは両親を知らないエドワードを、孫であるウインリィ同様に育ててくれている恩人だ。ましてや老人であるピナコや女の子であるウインリィにそんな仕事をさせる訳にはいかない、とエドワードは進んでこの仕事を行っていた。
「薪、薪……っと、こんなもんか」
いつも通りの量を無事集め終えて、エドワードは村に戻ろうと踵を返す。
「 ―――――― っっ!?」
その瞬間、身体を悪寒が走った。何か、おぞましいものが、こちらに向かってきている。多分、それは自分より遥かに強い。じり、と足が村のほうに後ずさる。逃げなければ、死んでしまう。殺される。
だが、相手は真っ直ぐこちらに向かってきている。つまり、エドワードを狙っている可能性が高いということだ。ここでエドワードが村に逃げてしまったら、そしてその相手がこのままエドワードを追って村まで来たら……。
今、逃げる訳にはいかない。
ピナコを、ウインリィを、村の人間を殺させる訳にはいかない。
ぐっと歯を噛み締めて、護身用に持ち歩いている剣の柄に手をかける。護身用とはいえ、剣はきちんと師事してもらったこともある。せめて、相打ちぐらいには持ちこんでやる、と覚悟を決めて震える手に力を込めた。
そんなエドワードの姿を気配を消して窺っている者がいることに、エドワードは気付いてなかった。
黒髪・黒目の男が、どんより曇った空を見上げて呟いた。その双眸に宿るのは焦りと、それ以上に強い、決意の色だった。
「エド!!!危ないからあんまり村を離れるんじゃないよ!!」
「平気だって!!いつものところまでしか行かないからさ!!」
エドワードは、自分の保護者であるピナコにそう言って森のほうに駆け出す。いつもの日課、薪を集めに行くためだ。設備が整っていないこの村で、薪は生活の必須用品だ。しかし、最近はモンスターの動きが活発になり、今まで住み着いていなかった人里の近くにまでモンスターが出現するようになった。だから、薪集めは何よりも大切だが、何より危険な仕事となっている。
ピナコは両親を知らないエドワードを、孫であるウインリィ同様に育ててくれている恩人だ。ましてや老人であるピナコや女の子であるウインリィにそんな仕事をさせる訳にはいかない、とエドワードは進んでこの仕事を行っていた。
「薪、薪……っと、こんなもんか」
いつも通りの量を無事集め終えて、エドワードは村に戻ろうと踵を返す。
「 ―――――― っっ!?」
その瞬間、身体を悪寒が走った。何か、おぞましいものが、こちらに向かってきている。多分、それは自分より遥かに強い。じり、と足が村のほうに後ずさる。逃げなければ、死んでしまう。殺される。
だが、相手は真っ直ぐこちらに向かってきている。つまり、エドワードを狙っている可能性が高いということだ。ここでエドワードが村に逃げてしまったら、そしてその相手がこのままエドワードを追って村まで来たら……。
今、逃げる訳にはいかない。
ピナコを、ウインリィを、村の人間を殺させる訳にはいかない。
ぐっと歯を噛み締めて、護身用に持ち歩いている剣の柄に手をかける。護身用とはいえ、剣はきちんと師事してもらったこともある。せめて、相打ちぐらいには持ちこんでやる、と覚悟を決めて震える手に力を込めた。
そんなエドワードの姿を気配を消して窺っている者がいることに、エドワードは気付いてなかった。
RPGパロっぽいもの・旅の途中
「今日は野宿か」
色を濃くし、木の陰に沈み始めた陽を見てエドワードが呟く。その顔には疲労の色が隠せない。それも無理はない。本当ならば、もう目的地としていた街に着いている筈だったのだ。だというのにこんな時間に森の中を彷徨っているのは、予想以上の数のモンスター集団との戦闘の為だった。
戦闘に手一杯で、自分たちがどちらに向かって走っているか確認しないまま応戦していたら、現在地が分からなくなってしまったのだ。
そう、つまり森の中で迷子状態なのだ。
「地理は完璧だから任せておけって言ってたのは何処の何方だったのかなぁ、ロイ」
「同じような景色の森の中で、地理の知識が何の役に立つというんだ。私もお手上げだよ」
「だ・か・ら!!どーすんだって言ってんだよ!!!!!」
いきり立つエドワードを他所に、ロイは涼しい顔で、ふむ、などと呟いている。それが更にエドワードを苛立たせているのだが、この男はそれを承知の上で振る舞っているのだ。文句を言うだけ無駄であることは、既に学習済みだ。
「食料もあるし、この森自体はそこまでモンスターは多くないようだ。焚き火をして夜明かしすれば問題ないだろう。朝になれば少しは様子が分かるかもしれない」
ロイの言葉にがっくりと肩を落とし、ついでにため息も付けておく。それはつまり、今はどうしようもないし大人しくしてるかということだ。
しかし、それ以外はどうにも行動の仕様がないことも分かっているので、大人しく薪に出来そうな木切れを探す。適当にあたりを付けて茂みに分け入ろうとしたら、背後から声がかかった。
「エドワード」
「何だよ」
不機嫌さを隠しもせずにロイの方を振り返ると、何も知らない人には最上の、悟っている人には最悪の笑顔で言った。
「あっちの方に木切れがありそうだ。探してきてくれないかな」
ロイの指が示したのは、更なる森の奥。
「不戯けんな!!自分で行け!!!!」
「生憎、もうほとんど魔法力が残っていなくてね。もしモンスターに遭ってこの力を使ってしまったら、薪に火をつけることすら出来そうにないんだ」
ロイがさっきの戦闘で自分を援護するために多くの魔法を使ったことは、確かに事実で。ロイの魔法力を考えると、確かにそろそろ限界かもしれない。ちっと舌打ちし、こっそりと無能と言い捨ててからエドワ−ドは示されたほうへ歩き出す。
充分にエドワードが離れたことを確認して、ロイは硬い声を出す。
「さっきからこそこそ何を見ている」
その声に応えるように、人影が姿を現した。
色を濃くし、木の陰に沈み始めた陽を見てエドワードが呟く。その顔には疲労の色が隠せない。それも無理はない。本当ならば、もう目的地としていた街に着いている筈だったのだ。だというのにこんな時間に森の中を彷徨っているのは、予想以上の数のモンスター集団との戦闘の為だった。
戦闘に手一杯で、自分たちがどちらに向かって走っているか確認しないまま応戦していたら、現在地が分からなくなってしまったのだ。
そう、つまり森の中で迷子状態なのだ。
「地理は完璧だから任せておけって言ってたのは何処の何方だったのかなぁ、ロイ」
「同じような景色の森の中で、地理の知識が何の役に立つというんだ。私もお手上げだよ」
「だ・か・ら!!どーすんだって言ってんだよ!!!!!」
いきり立つエドワードを他所に、ロイは涼しい顔で、ふむ、などと呟いている。それが更にエドワードを苛立たせているのだが、この男はそれを承知の上で振る舞っているのだ。文句を言うだけ無駄であることは、既に学習済みだ。
「食料もあるし、この森自体はそこまでモンスターは多くないようだ。焚き火をして夜明かしすれば問題ないだろう。朝になれば少しは様子が分かるかもしれない」
ロイの言葉にがっくりと肩を落とし、ついでにため息も付けておく。それはつまり、今はどうしようもないし大人しくしてるかということだ。
しかし、それ以外はどうにも行動の仕様がないことも分かっているので、大人しく薪に出来そうな木切れを探す。適当にあたりを付けて茂みに分け入ろうとしたら、背後から声がかかった。
「エドワード」
「何だよ」
不機嫌さを隠しもせずにロイの方を振り返ると、何も知らない人には最上の、悟っている人には最悪の笑顔で言った。
「あっちの方に木切れがありそうだ。探してきてくれないかな」
ロイの指が示したのは、更なる森の奥。
「不戯けんな!!自分で行け!!!!」
「生憎、もうほとんど魔法力が残っていなくてね。もしモンスターに遭ってこの力を使ってしまったら、薪に火をつけることすら出来そうにないんだ」
ロイがさっきの戦闘で自分を援護するために多くの魔法を使ったことは、確かに事実で。ロイの魔法力を考えると、確かにそろそろ限界かもしれない。ちっと舌打ちし、こっそりと無能と言い捨ててからエドワ−ドは示されたほうへ歩き出す。
充分にエドワードが離れたことを確認して、ロイは硬い声を出す。
「さっきからこそこそ何を見ている」
その声に応えるように、人影が姿を現した。
RPGパロっぽいもの・最終決戦
「今一度、お前に問おう」
今更何を言うつもりかと、エドワードは目の前にいる相手 ―――― 世界を破滅へと導こうとしている張本人、ホーエンハイムを睨みつける。
「私と共に来る気はないかい、エドワード」
そう、大魔王としてではなく、父の顔で言う。不戯けるな、と視線だけで告げると、ホーエンハイムは一歩こちらに踏み出した。
さっと剣を構えるが、ホーエンハイムに殺気は感じられない。す、とこちらに向けて腕を広げて見せる。
「人間の味方をして、お前に何の得がある。人間は醜い生き物だ。そんなものの為に私を倒して、お前は何を得るというんだ」
何を言っているんだ、何を得るか、なんて、そんなこと。
そう反駁しようとしたエドワードの言葉を遮るようにホーエンハイムは続ける。
「断言しよう」
二人の視線が、交わる。
「お前は何も得ることはなく、全てを失うだけだ」
「そんなこと……っっ!!」
反射的に言い返そうとして、言葉に詰まる。
失う? 何を? 全て? そんなことは。――――― そんなことは。
「ない、と言い切れるのかい。エドワード」
びくり、何かに怯えるように身体が揺れる。何故自分は違うと言えないんだ。
そんなことない、と。失うことなどない、と。
「確かに倒した直後は良いだろうな。誰もがお前を勇者と讃え、賛辞するだろう。だが、世界が落ち着けば、お前は必ず迫害される」
違う。
「お前が世界を救えたのは、この私の血を引いているからこそだと誰もが解釈する。そしてお前の影に私を見て、人間はお前を恐れるだろう」
違う。違う。
「それはそんなに遠い話じゃない。そして、お前は怯えきった人間に選択を迫られる」
違う!違う!!
「自ら地上を去るか、命を絶つかを」
…………違、う。
そう、思っているのに、……声が出ない。
体が憶えている。忘れられない、受け入れるには、抱えるには重すぎる。自分の戦う姿を見た少女の怯え。自分が大魔王の血を引く子だと分かったときの人々の恐怖。
……憶えている。
「そんなことは、私がさせない」
背後から、誰よりも耳に馴染んだ声がした。
今更何を言うつもりかと、エドワードは目の前にいる相手 ―――― 世界を破滅へと導こうとしている張本人、ホーエンハイムを睨みつける。
「私と共に来る気はないかい、エドワード」
そう、大魔王としてではなく、父の顔で言う。不戯けるな、と視線だけで告げると、ホーエンハイムは一歩こちらに踏み出した。
さっと剣を構えるが、ホーエンハイムに殺気は感じられない。す、とこちらに向けて腕を広げて見せる。
「人間の味方をして、お前に何の得がある。人間は醜い生き物だ。そんなものの為に私を倒して、お前は何を得るというんだ」
何を言っているんだ、何を得るか、なんて、そんなこと。
そう反駁しようとしたエドワードの言葉を遮るようにホーエンハイムは続ける。
「断言しよう」
二人の視線が、交わる。
「お前は何も得ることはなく、全てを失うだけだ」
「そんなこと……っっ!!」
反射的に言い返そうとして、言葉に詰まる。
失う? 何を? 全て? そんなことは。――――― そんなことは。
「ない、と言い切れるのかい。エドワード」
びくり、何かに怯えるように身体が揺れる。何故自分は違うと言えないんだ。
そんなことない、と。失うことなどない、と。
「確かに倒した直後は良いだろうな。誰もがお前を勇者と讃え、賛辞するだろう。だが、世界が落ち着けば、お前は必ず迫害される」
違う。
「お前が世界を救えたのは、この私の血を引いているからこそだと誰もが解釈する。そしてお前の影に私を見て、人間はお前を恐れるだろう」
違う。違う。
「それはそんなに遠い話じゃない。そして、お前は怯えきった人間に選択を迫られる」
違う!違う!!
「自ら地上を去るか、命を絶つかを」
…………違、う。
そう、思っているのに、……声が出ない。
体が憶えている。忘れられない、受け入れるには、抱えるには重すぎる。自分の戦う姿を見た少女の怯え。自分が大魔王の血を引く子だと分かったときの人々の恐怖。
……憶えている。
「そんなことは、私がさせない」
背後から、誰よりも耳に馴染んだ声がした。