雪が降る前に、君に逢いたい。
「……」
「大佐」
「……」
窓の外を眺めながら物思いに耽っていた私を引き戻したのは、ごり、という音だった。
出来るならば知らないままでいたい硬質な感触に、知らず腰が引ける。……椅子に座ったままなので、大して動けはしなかったが。
「……中尉、これはさすがに危険だと思うのだが」
冷や汗を流しながら引き攣った笑顔で声をかけると、自身の頭に銃を突きつけていたホークアイ中尉は、ちゃっ、と愛銃をホルスターに戻した。その動作に澱みはなく、彼女が扱いに手慣れていることが分かる。かといって、もしもの事態が起こらない保証はない。
そう目で訴えるが、彼女はその柳眉すら動かさない。
「注意力散漫なご様子でしたので。今狙われたら危険だという事をお教えしたまでです」
「……出来れば、言葉で教えて欲しいな」
「その『言葉』が聞こえてなかったようですが?」
「……」
ぐぅの音も出ない、とはこんな状況を言うのだろうか。先人は立派な言葉を残したものだ。
そんな私に構わず、表情を全く変えないままで彼女は続ける。
「そして、私の言葉が聞こえていらっしゃるなら、仕事を再開して頂けると嬉しいのですが」
「……」
勝ち目が無い事を悟って、大人しく書類に手を伸ばす。彼女の有能さは確かに自分の助けになっているし、貴重な人材だと分ってはいる。だが、もう少し上司を労わってくれても良いんじゃないだろうか。仕事が手につかない心情を察するとか。
そんな私の無言の訴えを感じたのか、中尉は一つ溜め息をつく。そこに込められた呆れが遠回しに突き刺さってくる。だが、こちらには引けない事情がある。
「……もうすぐエドワード君たちが乗った汽車が着くのは知っています。そして大佐が彼らの出迎えに行きたいのも知っています。行かせて差し上げたいのは山々ですが……」
そこで言葉を切って、びっ、と私の机に積み上げられた書類を指差す。
「この山が無くならない限り、それは許可出来ません」
「……中尉……」
「ここまで書類を溜め込んだ、ご自身が悪いんです」
……にべもない。
普段ならここで諦めて、彼が司令部のこの部屋に来るのを待つのだが。今日は少しでも早く君に会いたいんだ。
そして数分。
相変わらず能率が上がらない私を見かねたのか、中尉がもう一度溜め息をついて、私の机の方に近寄ってきた。そのまま何も言わず、私の机の上の書類を二つの山に分け始める。
「……ホークアイ中尉?」
その行為に微かな希望を見出し、窺うようにその名を呼ぶが、彼女は何も答えず、その作業を続ける。
全て分け終わって、量が少ない方の書類を溜息と共に私に差し出した。
「取り敢えず、これだけ目を通して頂けたら、外に出ても構いません。その位の量なら、間に合うでしょう」
「……残りは戻ったら必ず」
「約束は守って下さい」
やはり彼女は素晴らしい部下だ。先程の愚痴にも似た思いを撤回して、最大限のスピードでその書類を仕上げ、中尉に手渡す。
本日何度目かになる溜息を受けると、そのままコートを掴んで部屋を飛び出した。
早く、早く。少しでも早く、君に会いたい。
でないと。
ようやく辿り着いた駅のホームは、人がまばらだった。どうやらまだ列車は到着していないらしい。それに安堵の息を吐くと同時に、彼とその弟が乗っている筈の列車が轟音と共に現れた。扉が開くと同時に、多くの人間が吐き出されてくる。
身長からすればそう簡単に見つかる筈がないのに、あっさりと人波の中にその姿を見つけてしまう。それが出来ることが何だか誇らしく、思わず浮かんでしまう笑みをどうにか隠して歩み寄ると、鋼の身体を持つ彼の弟と視線が合った。
「あ、大佐。こんにちは」
「あぁ、久しぶりだね、アルフォンス君」
相変わらずこの弟は礼儀正しい。ぺこりと下げられた頭に挨拶を返すと、嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。
横に視線をずらせば、そこには無理を言ってまでも会いたかった彼 ――― エドワードが、こちらを驚いたような顔で見上げていた。
「何だよ、よく中尉が外に出してくれたな」
「余りに落ち込んでいる私を見かねたようでね」
「相変わらず中尉に迷惑かけてんのか、無能大佐」
「もう兄さん! ……僕、明日の列車の券買ってくるから、ここに居てね!!」
さらりと失礼なことを言う兄を窘めてから、駆けていくアルフォンスを見送る。私と、何より素直じゃない兄に気を使ったのだろう。本当に出来過ぎた弟だ。
その姿が人群れに消えるのを見送ってからエドワードが口を開く。
「――― で?」
不可解、といった表情で見上げてくるエドワード。せっかく弟が気を利かせてくれているというのに、どうにも色気のある空気にならないのは彼の性格ゆえか。
そんな彼を好きになったのは確かだが、少し残念な気がしないでもない。せめてもの意趣返しとして、やや意地の悪い笑みを浮かべて問い返すくらいは許してもらおう。
「『で?』とは?」
「何でここに居るんだよ」
「酷いな。久しぶりに会う恋人に」
「誰が恋人だ、誰が!!」
つれない事を言うわりに、その頬は赤く染まっている。寒さの所為ばかりじゃない、と思うのは、私の自惚れではないだろう。
そんな惚気を感じ取ったのか、居心地悪そうに視線を逸らしたままエドワードは強い口調で続ける。
「で!! 結局何なんだよ!! いつもは司令部で大人しく待ってるだろ!! また仕事放り出してきたのか!?部下を困らせるなよ!!」
…………。
エドワードの頭の中には、仕事を終わらせてきた、という選択肢はないのだろうか。まぁ、今の自分の状況からして何も言えないが。日頃の行い、という意味では充分自覚があるので、そこについてはこれ以上触れないでおこう。わざわざ自分から苦境に立つ趣味はないのだし。
「……今日は雪が降るかもしれないと言っていたからね」
微妙に話題を変えようと答えた私の言葉に、エドワードは顔に疑問符を浮かべる。言葉より雄弁にその感情を語る大きな瞳が愛しくて、思わず頬が緩む。
きっと、私は今、自分でも見たことのないような表情をしているのだろうと思う。彼しか、エドワードしか知らない表情を。
「君と初雪を見たかったんだよ」
驚くほどの甘い声音で告げたつもりだったが、それに対する返答は沈黙と訝しげな視線のみ。……何か失敗しただろうか。
こちらも首をひねっていると、恐る恐るといった体でエドワードが沈黙を破った。
「……まさか、それだけか?」
「それだけだが?」
訊かれるまま正直に答えると、エドワードは少し固まって。その後にほんの少し逡巡して。
次の瞬間。
「阿呆か―――――――っっっっっ!!!!!」
何処からこれほどの、と思うような声量で怒鳴った。反射的に手で耳を塞げたのは、日頃の訓練の賜物か彼との付き合いの長さからか。身体を鈍らせたつもりはないが、デスクワーク中心の生活では然程訓練に打ち込めている訳ではないからやはり"慣れ"とでもいうべきか。
何処か遠い気持ちになっている私に向かい、エドワードは心から呆れているらしい。何だかんだ言っても、彼自身も弟に引けを取らないほど真面目な性格なのだ。それでも、ホークアイ中尉に発砲される危険を冒してでも、今会いに来たかったのだ。そこは譲る気はない。
「そんな事で中尉達に迷惑かけんな!! この無能!!」
「君が司令部に着くまでに降り出したら困るだろう」
「知るか!!!!!」
と、そのとき。
空から白い結晶が舞い降りてきて。
次から次へと舞い降りてきて。
「……綺麗だな」
「……うん」
思わぬ形で毒気を抜かれてしまったエドワードは、はぁ、と深く息を吐き出すと。
「……さっさと司令部行こうぜ。どうせ仕事残ってるんだろ」
そう言って、戻ってきた弟に駆け寄る。
君と初雪を見たかったのも事実だが。何より、君に、……誰よりも一番に会いたかった。
そう告げたら、君に怒鳴られるだけでは済まなくなりそうだから言わないけれど。
天気予報は雪
「大佐、手が止まっていますが」「……」
「大佐」
「……」
窓の外を眺めながら物思いに耽っていた私を引き戻したのは、ごり、という音だった。
出来るならば知らないままでいたい硬質な感触に、知らず腰が引ける。……椅子に座ったままなので、大して動けはしなかったが。
「……中尉、これはさすがに危険だと思うのだが」
冷や汗を流しながら引き攣った笑顔で声をかけると、自身の頭に銃を突きつけていたホークアイ中尉は、ちゃっ、と愛銃をホルスターに戻した。その動作に澱みはなく、彼女が扱いに手慣れていることが分かる。かといって、もしもの事態が起こらない保証はない。
そう目で訴えるが、彼女はその柳眉すら動かさない。
「注意力散漫なご様子でしたので。今狙われたら危険だという事をお教えしたまでです」
「……出来れば、言葉で教えて欲しいな」
「その『言葉』が聞こえてなかったようですが?」
「……」
ぐぅの音も出ない、とはこんな状況を言うのだろうか。先人は立派な言葉を残したものだ。
そんな私に構わず、表情を全く変えないままで彼女は続ける。
「そして、私の言葉が聞こえていらっしゃるなら、仕事を再開して頂けると嬉しいのですが」
「……」
勝ち目が無い事を悟って、大人しく書類に手を伸ばす。彼女の有能さは確かに自分の助けになっているし、貴重な人材だと分ってはいる。だが、もう少し上司を労わってくれても良いんじゃないだろうか。仕事が手につかない心情を察するとか。
そんな私の無言の訴えを感じたのか、中尉は一つ溜め息をつく。そこに込められた呆れが遠回しに突き刺さってくる。だが、こちらには引けない事情がある。
「……もうすぐエドワード君たちが乗った汽車が着くのは知っています。そして大佐が彼らの出迎えに行きたいのも知っています。行かせて差し上げたいのは山々ですが……」
そこで言葉を切って、びっ、と私の机に積み上げられた書類を指差す。
「この山が無くならない限り、それは許可出来ません」
「……中尉……」
「ここまで書類を溜め込んだ、ご自身が悪いんです」
……にべもない。
普段ならここで諦めて、彼が司令部のこの部屋に来るのを待つのだが。今日は少しでも早く君に会いたいんだ。
そして数分。
相変わらず能率が上がらない私を見かねたのか、中尉がもう一度溜め息をついて、私の机の方に近寄ってきた。そのまま何も言わず、私の机の上の書類を二つの山に分け始める。
「……ホークアイ中尉?」
その行為に微かな希望を見出し、窺うようにその名を呼ぶが、彼女は何も答えず、その作業を続ける。
全て分け終わって、量が少ない方の書類を溜息と共に私に差し出した。
「取り敢えず、これだけ目を通して頂けたら、外に出ても構いません。その位の量なら、間に合うでしょう」
「……残りは戻ったら必ず」
「約束は守って下さい」
やはり彼女は素晴らしい部下だ。先程の愚痴にも似た思いを撤回して、最大限のスピードでその書類を仕上げ、中尉に手渡す。
本日何度目かになる溜息を受けると、そのままコートを掴んで部屋を飛び出した。
早く、早く。少しでも早く、君に会いたい。
でないと。
ようやく辿り着いた駅のホームは、人がまばらだった。どうやらまだ列車は到着していないらしい。それに安堵の息を吐くと同時に、彼とその弟が乗っている筈の列車が轟音と共に現れた。扉が開くと同時に、多くの人間が吐き出されてくる。
身長からすればそう簡単に見つかる筈がないのに、あっさりと人波の中にその姿を見つけてしまう。それが出来ることが何だか誇らしく、思わず浮かんでしまう笑みをどうにか隠して歩み寄ると、鋼の身体を持つ彼の弟と視線が合った。
「あ、大佐。こんにちは」
「あぁ、久しぶりだね、アルフォンス君」
相変わらずこの弟は礼儀正しい。ぺこりと下げられた頭に挨拶を返すと、嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。
横に視線をずらせば、そこには無理を言ってまでも会いたかった彼 ――― エドワードが、こちらを驚いたような顔で見上げていた。
「何だよ、よく中尉が外に出してくれたな」
「余りに落ち込んでいる私を見かねたようでね」
「相変わらず中尉に迷惑かけてんのか、無能大佐」
「もう兄さん! ……僕、明日の列車の券買ってくるから、ここに居てね!!」
さらりと失礼なことを言う兄を窘めてから、駆けていくアルフォンスを見送る。私と、何より素直じゃない兄に気を使ったのだろう。本当に出来過ぎた弟だ。
その姿が人群れに消えるのを見送ってからエドワードが口を開く。
「――― で?」
不可解、といった表情で見上げてくるエドワード。せっかく弟が気を利かせてくれているというのに、どうにも色気のある空気にならないのは彼の性格ゆえか。
そんな彼を好きになったのは確かだが、少し残念な気がしないでもない。せめてもの意趣返しとして、やや意地の悪い笑みを浮かべて問い返すくらいは許してもらおう。
「『で?』とは?」
「何でここに居るんだよ」
「酷いな。久しぶりに会う恋人に」
「誰が恋人だ、誰が!!」
つれない事を言うわりに、その頬は赤く染まっている。寒さの所為ばかりじゃない、と思うのは、私の自惚れではないだろう。
そんな惚気を感じ取ったのか、居心地悪そうに視線を逸らしたままエドワードは強い口調で続ける。
「で!! 結局何なんだよ!! いつもは司令部で大人しく待ってるだろ!! また仕事放り出してきたのか!?部下を困らせるなよ!!」
…………。
エドワードの頭の中には、仕事を終わらせてきた、という選択肢はないのだろうか。まぁ、今の自分の状況からして何も言えないが。日頃の行い、という意味では充分自覚があるので、そこについてはこれ以上触れないでおこう。わざわざ自分から苦境に立つ趣味はないのだし。
「……今日は雪が降るかもしれないと言っていたからね」
微妙に話題を変えようと答えた私の言葉に、エドワードは顔に疑問符を浮かべる。言葉より雄弁にその感情を語る大きな瞳が愛しくて、思わず頬が緩む。
きっと、私は今、自分でも見たことのないような表情をしているのだろうと思う。彼しか、エドワードしか知らない表情を。
「君と初雪を見たかったんだよ」
驚くほどの甘い声音で告げたつもりだったが、それに対する返答は沈黙と訝しげな視線のみ。……何か失敗しただろうか。
こちらも首をひねっていると、恐る恐るといった体でエドワードが沈黙を破った。
「……まさか、それだけか?」
「それだけだが?」
訊かれるまま正直に答えると、エドワードは少し固まって。その後にほんの少し逡巡して。
次の瞬間。
「阿呆か―――――――っっっっっ!!!!!」
何処からこれほどの、と思うような声量で怒鳴った。反射的に手で耳を塞げたのは、日頃の訓練の賜物か彼との付き合いの長さからか。身体を鈍らせたつもりはないが、デスクワーク中心の生活では然程訓練に打ち込めている訳ではないからやはり"慣れ"とでもいうべきか。
何処か遠い気持ちになっている私に向かい、エドワードは心から呆れているらしい。何だかんだ言っても、彼自身も弟に引けを取らないほど真面目な性格なのだ。それでも、ホークアイ中尉に発砲される危険を冒してでも、今会いに来たかったのだ。そこは譲る気はない。
「そんな事で中尉達に迷惑かけんな!! この無能!!」
「君が司令部に着くまでに降り出したら困るだろう」
「知るか!!!!!」
と、そのとき。
空から白い結晶が舞い降りてきて。
次から次へと舞い降りてきて。
「……綺麗だな」
「……うん」
思わぬ形で毒気を抜かれてしまったエドワードは、はぁ、と深く息を吐き出すと。
「……さっさと司令部行こうぜ。どうせ仕事残ってるんだろ」
そう言って、戻ってきた弟に駆け寄る。
君と初雪を見たかったのも事実だが。何より、君に、……誰よりも一番に会いたかった。
そう告げたら、君に怒鳴られるだけでは済まなくなりそうだから言わないけれど。
大佐視点は難しい……。というか、えらい甘くと言うか、いちゃいちゃに仕上がります(いちゃいちゃて)。
篠原はエドさんが好きですから!!(開き直り)。
篠原はエドさんが好きですから!!(開き直り)。