夢を見た。
 そうしたら、もう、どうしようもなくなった。
夢を見た後で
 日付はとうに変わり、昼は賑やかな街も静まり返っている。人気のない夜更けの街を一人、ロイは家へと歩いていた。
 珍しく定時で帰れる予定だったのだが、急に中央からの書類が回されてきたのだ。わざわざこちらに回してまでロイが見る必要のない内容の、山のような書類。いつもの事といえばいつもの事の、中央のお偉い様からロイへの有り難い嫌がらせだ。そんな書類、見ぬ振りをして帰ろうとしたロイだが ――― 有能な副官であるホークアイに銃を突きつけられ、その山に立ち向かう事を余儀なくされた。
 その結果、業務終了がこんな時間になってしまった。その事に苛立ちを感じ、自然と歩く足も速くなる。司令部の仮眠室で休んでも、まぁ構わなかったのだが、どうせ寝るなら、仮眠室の硬いベッドより自宅の柔らかいベッドの方が良い。幸い、明日は非番だ。自宅でゆっくり休むことにしよう。そう思いながら足を進める。

 ――――― と、ロイの足が急に止まった。前方の橋の所に、見知った姿があったからだ。
 こんな夜中だというのに、いつも通りの姿で、欄干の上に座り、川の方に足を投げ出して月を見上げている。後姿で顔は見えず、そもそもこんな時間にこんな場所にいるはずない相手なのだが、ロイには彼だと確信があった。驚かせないよう、少し足音を立てて近づく。

「こんな時間にこんな所で、一体何をしているんだい、鋼の」

 エドワードは何も答えない。少し肩を揺らしたきり、振り返りもしない。聞こえていない訳ではないようなのにどうしたのかと訝って横から彼の顔を覗くと。
 エドワードは声もなく、ただ静かに涙を流していた。

「 ――――― 」

 綺麗だ、と思った。
 月の光に照らされて、光と同じ色の瞳から涙を零すエドワード。その姿は、昔語りに出てきた妖精を彷彿とさせた。

「 ――――― っ」

 儚く消えてしまう妖精。それが彼に重なった瞬間、ロイはエドワードを背後から抱き締めていた。ただ黙って涙を流す彼の姿が、たまらなく切なかった。どんな時にも決して涙を見せなかった彼が泣いていた理由なんて、気にする余裕もなかった。
 ただ、腕の中の、確かな体温を感じていた。



「 ――― あのさ、大佐……苦しいんだけど」

 どのくらいそうしていたのだろう。
 ロイの意識を引き戻したのは、少し困ったようなエドワードの声だった。

「 ――― っ…あぁ、すまない」

 緩められた腕の中から見上げてくるエドワードは、いつもの彼だった。その事にロイは安堵する。まだ腕は回されたままだったが、エドワードは何も言わず、また月を見上げた。エドワードが何も言わないので、ロイも黙って月を見上げた。

「……夢を、見たんだ」

 ぽつり、とエドワードが話し出す。
 ロイは、どんな、とは聞かず、黙ったまま少し腕の力を強めた。

「……どんな夢だったか、よく憶えてない。でも、きっといい夢だったんだ。起きた時、懐かしくて暖かい気持ちだったから。でもそしたら ―――」

 僅かにエドワードの声が震えている。それに応えるように、促すように腕の力を強める。此処にいる、傍に居ると伝えるように。


「押し潰されそうに、なった」

罪の、意識に。


 呟くように零された言葉に、一瞬息を止めて―――エドワードに気付かれないようにと息を吐く。自分が動揺してどうするのか。今、辛いのはロイではない、エドワードだ。
 優しい暖かな記憶は、時に、失った時の記憶よりも残酷だ。自分が失ってしまったものを、目の前に突きつける。お前はこれを失くしたのだと。お前はこれを壊したのだと。
 これが、お前の罪の犠牲となったものなのだと。

「……そしたら、涙、止まんなくなって……そんな姿、アルには見せられないから。宿抜け出してここにいた」
「……」

 エドワードは微笑った。
 いつもの、『エドワード・エルリック』の顔で。

「……微笑わなくて良い」
「え?」

 エドワードをもう一度強く抱き締める。
 言葉にならない想いをこめて。

「君は泣いたって良いんだ」

 その言葉にエドワードは身体を硬くして。
 でもすぐ力を抜いて。

「……もう泣かねーよ。そう、決めたんだ」

 また、微笑った。



「鋼の」
「あ?」

 そろそろ、と言って宿の方へ歩き出したエドワードの背にロイが声をかける。
 振り返った先にあるロイの顔は、静かに笑んでいて。

「……また眠れない夜があったら私の所へおいで。こんな所に一人でいるなんて危ないし、何より ――――― 一人きりの真夜中は、とても淋しいだろう?」

エドワードは驚いたように目を瞬かせ、またすぐ生意気そうな表情になった。


「言ってろよ、馬鹿大佐」


そう言い残して駆け出す。
深紅のコートが闇に翻り、溶けていく。一度も、振り返ることはしないままで。


 微笑っていて。その笑顔を曇らせることが無い様に。その為なら、信じていない神に祈りだってする。
 それでも、その心が波立ってしまうときは。どうか、自分の許に来て欲しい。 何の助けにもならないかもしれないが、せめて、こんな所で一人涙することが無い様に。いつでも君を迎えるから。

 それが、叶わない事だとは分っている。エドワードはロイに弱さを見せる事を良しとしないだろう。
 それでも、と願って、小さくなっていく後姿を見つめているロイを、月の光が照らしていた。





この二人はまだできてないはずです(はず?)。いちゃいちゃしてるようですができてません(きっぱり)。
エドさんは泣かないと思いますけど書きたかったんで!!
あくまで、これは泣いてるんじゃなくて涙を流してるだけだとか言い張ってみる。