とても、とても、大切だから。だから。
喪わないために、この手を伸ばす。
そう、執務机を挟んで私と向かい合っている鋼のが告げた。そのきっぱりとした口調は、もう私に意見を求めてはいなかった。明日人体練成を試みるという決定を、ただ伝えるだけ。
言えば私が反対すると分かっていただろうに、何故わざわざ報告に来たのか。訊いてみようとして、止める。それは多分、意味のないことだ。私がここで何を言おうと、何を訊こうと、彼はきっと揺らがない。それだけの強さと、決意を持っていたからこそ、彼らは此処まで来れたのだ。
自身を ―――――― いや、自身ならば犠牲に出来る、その覚悟を。
「これで、やっとアルを元に戻してやれる。あいつを……罪から解放できる」
そう、消えそうな笑みを浮かべて鋼のが呟いた。
弟。最愛の、ただ一人の、家族。彼のために、自分の全てを賭ける。彼の幸せのために、自分の全てを投げ出す。
その先に、自分に何が残るかなんて、全く考えもせずに。
「……君は?」
思わず零れてしまった呟き。
声はとても小さくて。聴こえてしまったかもしれないし、聴こえなかったかもしれない。でも、きっと彼にこの想いは届いているだろう。不思議に、自信を持って断言できる。
弟を元に戻して。彼が幸せになるのを見守って。
それで、君は幸せになれるのか。それで、君は全てから解放されるのか。君の選んだ方法は、結末を見届けることが出来るかどうかも分からないものなのに。
「オレは良いんだよ、アルが幸せなら」
彼が微笑う。
君は。
やはり。
予想は、していた。予感、といった方が正しいかもしれない。
私は、こんな日が来ることを何処かで分かっていた。君が、全てを置いて行こうとすることを、知っていたんだ。
叫び出しそうな感情を押さえつけ、どうにか笑顔を貼り付ける。表情を取り繕うのは慣れている。だから、ちゃんと笑顔を作れた自信はある。
なのに、どうして。
「ははっ、まぁ成功を祈っててくれよ」
君が、泣き出しそうな表情で微笑っているんだ。
泣かないで。行く、とそう決めたのなら、振り返るな。でないと、君を送り出してあげられない。君と笑い、過ごした時間は、確かに長いものではなく。君を、この世界に留まらせることも出来ない程度のものだったのだと。君に泣かれてしまったら、そう、思えなくなる。君が、迷ってくれたのだと、そう勘違いしたくなる。
そう思い込んで、いつまでも君を待ってしまう。君がいつか此処に帰ってきてくれると、そう思ってしまう。そんな、在り得ない夢を見てしまう。
「……そうだね、祈るしか…ないからな」
それしか、出来ない。他には何も出来ない。
何の確信も約束もなく、いつまでも待つなんて、出来そうにないから。だから、せめて君が何処かで無事でいられることを、ただ祈る。ただ、無事を祈る。
ここじゃない、何処かで君が微笑う未来を。
不意に、鋼のが銀時計を取り出した。国家錬金術師の証の銀時計。彼が歩く道を示すもの。彼が選び取った『今』に続くもの。
傷付き、彼らの辿ってきた道程の過酷さを示すそれを、鋼のは真剣な瞳で見つめながら私に差し出した。その表情に、行動に、……言葉を失った。
君は私に約束をくれるというのか。私が、君を待っていても、良いと言うのか。
君は、私のところに、帰ってきてくれるというのか。
その真剣な瞳をじっと見つめ返し。
そして。
銀時計を受け取った。
「……ありがと」
俯いて、鋼のはそう言った。ありがとう。その一言に、どれだけの想いが詰まっているのか。私には分からない。きっと彼自身、それ以外の言葉にすることは出来ないだろう。
鋼のは顔を上げると、もう一度微笑んで。
「じゃあ……アルも待ってるし、もう行くな」
気が付けばもう日が落ちていて。その朱い光に照らされた鋼のはとても儚く見えて。
今にも消えてしまいそうで。
「取り戻してくるといい。君たちが望むものを」
君に伸ばしたかった手を、握りしめることで自制した。
そのまま彼はドアに手をかけ、開き。
小さな呟きだけを残して、この部屋を辞した。
大切な幼馴染。この司令部にいる人間。旅先で出会った人々。それら全ての人との出会いと、思い出と。私と、過ごした時間と、交わした言葉とを。
弟の為に全てを過去にしてしまえる君が、誰よりも憎くて。―――誰よりも、愛しいんだ。
最後に君が残した呟きなど知らない。君が帰ってくるというのなら、私はいつまでも待ち続けよう。
君の帰りを、いつまでも。
「 ――― エドワード……」
君が許してくれるというのなら、いつまででも、待ち続けるから。
喪わないために、この手を伸ばす。
喪失の明日 R.ver.
「 ――――― 明日……やるよ」そう、執務机を挟んで私と向かい合っている鋼のが告げた。そのきっぱりとした口調は、もう私に意見を求めてはいなかった。明日人体練成を試みるという決定を、ただ伝えるだけ。
言えば私が反対すると分かっていただろうに、何故わざわざ報告に来たのか。訊いてみようとして、止める。それは多分、意味のないことだ。私がここで何を言おうと、何を訊こうと、彼はきっと揺らがない。それだけの強さと、決意を持っていたからこそ、彼らは此処まで来れたのだ。
自身を ―――――― いや、自身ならば犠牲に出来る、その覚悟を。
「これで、やっとアルを元に戻してやれる。あいつを……罪から解放できる」
そう、消えそうな笑みを浮かべて鋼のが呟いた。
弟。最愛の、ただ一人の、家族。彼のために、自分の全てを賭ける。彼の幸せのために、自分の全てを投げ出す。
その先に、自分に何が残るかなんて、全く考えもせずに。
「……君は?」
思わず零れてしまった呟き。
声はとても小さくて。聴こえてしまったかもしれないし、聴こえなかったかもしれない。でも、きっと彼にこの想いは届いているだろう。不思議に、自信を持って断言できる。
弟を元に戻して。彼が幸せになるのを見守って。
それで、君は幸せになれるのか。それで、君は全てから解放されるのか。君の選んだ方法は、結末を見届けることが出来るかどうかも分からないものなのに。
「オレは良いんだよ、アルが幸せなら」
彼が微笑う。
君は。
やはり。
予想は、していた。予感、といった方が正しいかもしれない。
私は、こんな日が来ることを何処かで分かっていた。君が、全てを置いて行こうとすることを、知っていたんだ。
叫び出しそうな感情を押さえつけ、どうにか笑顔を貼り付ける。表情を取り繕うのは慣れている。だから、ちゃんと笑顔を作れた自信はある。
なのに、どうして。
「ははっ、まぁ成功を祈っててくれよ」
君が、泣き出しそうな表情で微笑っているんだ。
泣かないで。行く、とそう決めたのなら、振り返るな。でないと、君を送り出してあげられない。君と笑い、過ごした時間は、確かに長いものではなく。君を、この世界に留まらせることも出来ない程度のものだったのだと。君に泣かれてしまったら、そう、思えなくなる。君が、迷ってくれたのだと、そう勘違いしたくなる。
そう思い込んで、いつまでも君を待ってしまう。君がいつか此処に帰ってきてくれると、そう思ってしまう。そんな、在り得ない夢を見てしまう。
「……そうだね、祈るしか…ないからな」
それしか、出来ない。他には何も出来ない。
何の確信も約束もなく、いつまでも待つなんて、出来そうにないから。だから、せめて君が何処かで無事でいられることを、ただ祈る。ただ、無事を祈る。
ここじゃない、何処かで君が微笑う未来を。
不意に、鋼のが銀時計を取り出した。国家錬金術師の証の銀時計。彼が歩く道を示すもの。彼が選び取った『今』に続くもの。
傷付き、彼らの辿ってきた道程の過酷さを示すそれを、鋼のは真剣な瞳で見つめながら私に差し出した。その表情に、行動に、……言葉を失った。
君は私に約束をくれるというのか。私が、君を待っていても、良いと言うのか。
君は、私のところに、帰ってきてくれるというのか。
その真剣な瞳をじっと見つめ返し。
そして。
銀時計を受け取った。
「……ありがと」
俯いて、鋼のはそう言った。ありがとう。その一言に、どれだけの想いが詰まっているのか。私には分からない。きっと彼自身、それ以外の言葉にすることは出来ないだろう。
鋼のは顔を上げると、もう一度微笑んで。
「じゃあ……アルも待ってるし、もう行くな」
気が付けばもう日が落ちていて。その朱い光に照らされた鋼のはとても儚く見えて。
今にも消えてしまいそうで。
「取り戻してくるといい。君たちが望むものを」
君に伸ばしたかった手を、握りしめることで自制した。
そのまま彼はドアに手をかけ、開き。
小さな呟きだけを残して、この部屋を辞した。
大切な幼馴染。この司令部にいる人間。旅先で出会った人々。それら全ての人との出会いと、思い出と。私と、過ごした時間と、交わした言葉とを。
弟の為に全てを過去にしてしまえる君が、誰よりも憎くて。―――誰よりも、愛しいんだ。
最後に君が残した呟きなど知らない。君が帰ってくるというのなら、私はいつまでも待ち続けよう。
君の帰りを、いつまでも。
「 ――― エドワード……」
君が許してくれるというのなら、いつまででも、待ち続けるから。
一応、前に書いたE-ver.と対になってる筈です。あれの大佐視点。
『弟のために全てを過去にしてしまえる君が〜』のくだりのモノローグがやりたいために作ってみたり。
『弟のために全てを過去にしてしまえる君が〜』のくだりのモノローグがやりたいために作ってみたり。