届かなくても。叶わなくても。
 ………それでも。
今日も。
 ふ、と覚醒する意識のままに、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。少し薄暗い視界に映ったのは、何度か見たことのある天井。
 これは……何処だっけ。
 まだぼんやりしている頭で考える。よく利用する宿ではなく、何度かお世話になってしまった司令部の仮眠室でもなく。……そう、何だったかで宿が取れなくて、それでアルと一緒に泊まらせてもらった……

 答えにたどり着いて、がばっと勢い良く上半身を起こす。行き成りの行動の所為か、ぐらり、と視界が揺れる。俯いてそれをやり過ごすと、自分のすぐ横で聴こえる寝息に耳を澄まし。俯いたまま、視線だけを寝息の主に送る。
 そこには、見慣れた軍服姿ではないが、予想通りの人物。

「大佐・・・・・・・」

 そう、ここは大佐の自宅だ。



 多少混乱した気持ちを深呼吸で落ち着け、自分に何が起こったか、バラバラの記憶を繋ぎなおす。
 そうだ、今日の昼の列車でオレとアルはイーストシティに着いて。それで取り敢えず司令部に顔出すか、ってことになって。愛想良く歓迎してくれた面々にもみくちゃにされて、大佐に嫌味言われて。<大佐に司令部の書庫に新しい資料が入ったことを教わって、ちょっと覗くだけのつもりが夢中になって。脚立に上ったまま資料を読んでいたら、眩暈を起こして。
 ……えーと……それで…

 そこから先が思い出せない。しかし、今の状況と総合して考えると、その後脚立から落下して気絶、大佐の家に運ばれた、ってところだろう。
 何だ、割といつものことじゃんか。事実を把握して、安堵の溜息をつく。

 でも、何で大佐の家なのか。いつも利用している宿も、司令部からの距離はこの家と大差ない。わざわざここに運ばなきゃならない理由は何だ。
 大体の状況が理解できて落ち着いてきた所為か、何だか自分の体温が高いことに気付く。そういえば、なんだか咽喉も痛い。

「……あぁ………なるほど……」

 呟いてみた声は予想通り擦れている。自分は今、風邪を引いているらしい。眩暈もその所為で、それで医者を呼ぶこととかを考えると、借り宿よりはこちらの方が勝手が良いと判断したのだろう。ただ、それだけ。
 く、と自嘲気味な哂いを漏らす。自分は、何を期待していたのだろう。

 ぐるり、と周囲を見回す。調度類から察するに、ここは客間の一つだろう。大佐は、オレが寝ていたベッドの横に置いた、何処かから持ってきたのだろう椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって寝息をたてている。
 すぐ傍でオレが飛び起きて、色々ぶつぶつ呟いていたっていうのに、大佐は全く起きる気配を見せない。軍人として、これでこいつは大丈夫なのかとも思うけど。

「それだけ……疲れてる、って…ことだよな……」

 なのに、こんな風邪ひいたガキの世話してうたた寝だなんて。
 心配して世話焼いて、自分のテリトリーである自宅になんて招き入れて。

「……本当……勘弁してくれよ……」

 大佐が女性関係激しいってのは知ってるし、こうやって看病してるのだって、何だかんだ言って面倒見が良いからだってのも知ってる。だけど、だから。
 どうか、期待させるような真似はやめて欲しい。


 あれだけ隣でバタバタしておいて今更な気もするが、一応起こさないようにそっと、また身を横たえる。丁度枕の脇に腕を組み、その上に頭を載せているので、こうやって横になると大佐の寝顔がよく見れる。少尉が寝てると更に童顔だ、って言ってたけど本当だな。絶対29歳には見えねぇし。
 その頬を突付いてみたいとは思うけど、起こすのはさすがに忍びない。
だからただ、眺める。この、ただ穏やかな時間が壊れないようにと。
 時計がないから正確なことは分からないが、きっともう遅い時間なのだろう。静かな部屋に響くのは、ときたま通り過ぎる車の音と、自身の呼吸と、大佐の寝息だけだ。

 ふと思いついて、自分の呼吸を大佐のそれに合わせようと試みる。大佐が呼吸するリズムに合わせて、息を吸い、吐く。
 何回か繰り返すうちに段々とリズムが近づいていって。同じになって。そして、また遠のいてゆく。

 オレと大佐は体格からして肺活量も違うし、それに何より、起きている人間と寝ている人間の呼吸のリズムは差がある。だからずれてゆくのは当たり前のことだ。当たり前、なのに。
 ただそれだけのことに、酷く胸が軋んだ。
 それだけのこと、なのに。今、この瞬間、隣にいるのに。オレと大佐は、全く違うところにいる気がした。

 嫌だ、と心が叫ぶ。嫌だ、嫌だ、と駄々をこねる子供のように、ただ叫び続ける。ただ、傍にいたいのだと。自分の内で、誰にも知られず叫び続ける。
 知られてはならない想い。それは、大佐にも、……アルにも。
 この想いは、叶うこともなければ、叶えることも出来ない。出来るわけがない。してはいけない。この穏やかな時間を失うことへの恐怖と、大切な存在を傷付けるという懼れ。自分の弱さが自身に絡み付いて、身動きも出来ず、ただ痛む心だけを抱えている。

 誰かに助けて欲しくて。傷だらけになるまでもがいて。そして、助けなどないことを知った心は、想いを手放すことを決めた。


 さら、と思っていたより柔らかい黒髪が指をすべる。何度か撫でるように梳いて。そして、そっと、その髪に口付けた。
 そのままベッドから抜け出して身支度を整え、謝辞を述べるメモを置いてその部屋を出る。ドアを背にして目を閉じて。音を立てずに玄関へと足を向けた。


 誰もいない道を一人歩きながら、すでに闇に包まれた空を見上げる。漆黒の、空。
 手放す、と決めたのに。<想いはいつまでも心に燻り続ける。


 いつか、いつか。全部、なかったことに。


 祈りにも似た誓いの言葉を一人空に告げる。分かってる。そうしなきゃいけない。出来る筈だ。全てを失うことに比べたら、これくらい、出来る筈だ。
 それでも。今日も、貴方のことが、一番好きでした。





えー・・・・久しぶりにSS書いてみたらば支離滅裂も良いとこです。
何が言いたいのかよく分からなくなって・・・・エドさんの片恋? というか、アルは一体何処に(忘れてた)。