いつも、どこか不安だった。
 許されない、と………ずっと、思っていた。
君とコスモス
 少し強い風が、伸びた前髪を掻き乱す。
 最近立て込んでいた所為か、そういったことに気を回す余裕がなかった。別段惜しくはないが、これでは「女たらし」の名も返上しなければならないかもしれない。

「………」

 目を、閉じる。今まで空の青に支配されていた視界が、一転して黒に染まった。視界が遮断され、聴覚が鋭敏になる。風の吹く音。葉の擦れる音。鳥の鳴き声。……子供の声。
 あまりに、当たり前の風景。

「 ――――……」

 小さく溜息を吐いて、瞼を開いたら。視界に映ったのは、空の青でなく。

「あ、起きてんじゃん。ったく、こんなとこで何寝てんだよ」

 太陽のような金色と、目の覚めるような赤だった。


「……………鋼の?」

 何故、君がこんなところに。
 少し、自分の内側に意識を向けすぎた所為かもしれない。<頭の回転が鈍い私に溜息をついて、彼は呆れたように言った。

「中尉に頼まれたんだよ。……ったく、こっち着いた途端これだからな。日頃中尉たちはどれだけ苦労してんだか」
「 ―――― あぁ……」

 少しずつ現実に引き戻される。そうだ、まだ仕事が残っている。それなのに逃走してこの丘に寝転んでいたんだ。
 空を見ると、真上にあったはずの太陽が少し傾いている。いつもなら、そろそろ中尉が捜索を始める頃合だったのだろう。

「………そうか、それは手間を掛けさせたね」

 戻ろうか、と立ち上がろうとしたら、何故か私の隣にエドワードが腰を下ろした。
 私には目もくれないで、ただ空を見上げている。

「はが」
「 ―――― 良いんじゃねぇ? そんなに慌てて戻らなくても」

 私の呼び掛けを遮って、笑う。眩しく、太陽のように。
 髪伸びてんな、何、伸ばしてんの、なんてことを言いながら。君が、笑う。

 ただ、それだけのことが。
 こんなにも、こんなにも。


「………何、そんな不安そうな顔してんだよ」


 どきり、とした。
 はっとしてエドワードを見ると、やはり彼は笑っていて。

「 ―――― 何、を」

 心を読まれたかのような言葉に、言い返そうとして詰まる。何を言えば誤魔化せるのか、取り繕えるのか、分からない。どう言えば、なかったことに出来るのか、……分からない。
 そんな私の様子を見たエドワードは、困らせるつもりじゃなかったんだけど、と苦笑する。

「気付かれたくないんだったら、そう振る舞っとけよ、ってことだよ」
「………」
「でも、そう振る舞えないほど追い詰められてるんだったら」

 言葉を切って、笑顔でなく、真剣な表情になって。


「……誰かに、助けて、って言って良いんだと思う」


 風が、私と彼の間を通り抜けていく。
 先程とは違い、音もしないような静かな風。


「 ―――― てと」
「え?」

 ようやく震えた喉から出たのは、自分でも信じられないくらい弱々しい声で。
 もう一度、ちゃんと言葉として紡ぎなおす。

「助けて、と………言っても良いんだろうか」

 答えを期待して、言った訳ではない。多分、問い掛けですらなく、自分への確認だった。
 その一言で私が黙ってしまったからか、エドワードは迷って、それでもきっぱりとした口調で告げた。

「……中尉から、聞いた。この間のテロの鎮圧にあんたが行かされたって」


 硝煙と、砂埃と、血の臭い。


「その組織に子供がいて、それで」


 フラッシュバックする。とうに、慣れたものだと思っていたのに。


「その子供を……あんたが、 ―――― 死なせた、って」


 死なせた、と。
 そう表現したのはホークアイ中尉の配慮か、それともエドワードの心遣いか。

 でも、それは違う。本当は ――――



「……私が、………殺したんだ」



 私の告白に、彼のほうが痛々しい表情を浮かべる。
 それとも、私もそんな表情をしているのだろうか。


「殺さなくてもすんだ筈だった。生かして捕まえることが出来た筈だった」


 それほど、その子供は私に対して無力だった。
 なのに、……だから。


「子供だからと油断した。捕らえたと思った。でも逃げられて、逆に襲われてそれで」


 避けていては間に合わなかった。その少年は私の心臓目掛けて、握ったナイフを突き出してきた。
 とっさのことで、加減なんて出来なくて。


「それ、で………」


 その、少年は。目の前の彼と、そう年の変わらないような少年を、自分は。


「……そっか」

 ぽつり、と。エドワードはそう言った。
 そうやって他の誰かの世界を閉じてしまったのに、自分の周りに存在する『世界』は、あまりに穏やかで。穏やか過ぎて、怖くて。
 いつ失ってしまうのか、いつ奪われるのか。そもそも、ここに自分がいていいのか、それすらも不安で。
 だから。それだったら、このまま。君の傍で、この穏やかな世界に包まれて、息絶えたい、と。


「……………あんたのしたことは、さ」


 静かな声に、顔を上げる。


「……正しくはなかったかもしれないけど、……間違っても、ないよ」


 エドワードの顔は。


「そりゃ、二人とも生きてた方が良かったと思う。……でもさ、どっちかしか選べないなら ―――― 」


 泣き出しそうなのに、それでも笑っていて。


「……オレは、……大佐が、………ロイが、生きててくれて…良かったと、思う」


 他の誰かを犠牲にして、それでも生きている自分を、その自分が生きていることを。
 良かった、と。そう、言う君がいて。

 ………だから。


「………ありがとう、エドワード」


 許されるはずなどないと思いつつも、こうやって君の隣で生きることを望んでしまうのだ。





・・・・・何だこの終り方。タイトルは某曲から。
というか、「目の覚めるような」って表現は篠原的に青なんですが、赤で使っても良かったんですかね。